霊長類研究 Supplement
第35回日本霊長類学会大会
セッションID: A12
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口頭発表
マハレのチンパンジーによるナツメヤシ利用
*島田 将喜
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抄録

タンザニア・マハレの野生チンパンジーM集団の遊動域内にはアブラヤシやナツメヤシといったヤシ科植物が少なくなく分布する。野生チンパンジーはヤシ科植物の多様な部位を異なる目的で利用し,利用の仕方には地域間変異が認められる。M集団のチンパンジーからはヤシ科植物の木に登ったり,果実や種子を利用したりする行動については現在にいたるまで報告はないが,2010年にはアブラヤシの葉の髄の採食が初めて報告され,また近年ではアブラヤシの小葉片を用いたアリ釣り棒作成や使用,ナツメヤシの葉柄をしがむ行動が,低頻度ながら観察され始めている。2018年8月にマハレM集団のオトナメスKPが,ナツメヤシの小葉片を先端から葉軸にかけて裂いて加工し,そのアリ釣り棒を用いてオオアリ釣り行動を行った。その後血縁のないコドモメスJRが接近し,KPのアリ釣りを直接観察したのち,自らもJRと同様にナツメヤシで釣り棒を作成し,アリ釣りを行った。KPとJRによるナツメヤシを利用したアリ釣り棒の作成からオオアリの採食に至るアリ釣り行動に含まれる行動要素やそれらの連鎖は,ヤシ科植物以外の素材を道具として利用した場合と同様だった。釣り棒作成には両者とも数秒しか要しなかった。マハレではナツメヤシを用いたアリ釣り棒作成と使用が確認されたのは今回が初めてである。この事例以前にKPやJRがヤシ科植物と接触を示す観察例はないものの,彼らがこの観察以前にナツメヤシのいずれかの部分を,食物/道具として利用した経験,あるいは単に接触した経験がなかったとは断定できない。仮に新奇な事例であるとしても,行動そのものが新奇なのではなく,アリ釣り棒作成に利用可能な素材の知識に関する革新(innovation)の例だと考えられる。ヤシ科植物を過去に触れたり食べたりした経験や,小葉片が平行脈をもつため裂きやすいというヤシ科植物に共通する葉の物理的特徴が,行動の応用を容易にしたのかもしれない。

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© 2019 日本霊長類学会
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