霊長類研究 Supplement
第35回日本霊長類学会大会
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第35回日本霊長類学会大会公開シンポジウム
  • 平田 聡
    原稿種別: 公開シンポジウム
    セッションID: OS1
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    日時:2019年7月14日(日) 13:30-16:30
    場所:6階ホール

    宮崎県幸島で最初の野生ニホンザル調査がおこなわれたのが1948年のことだった。日本の霊長類学の始まりと言える。それからまる70年が経過した。サル学、あるいは霊長類学と呼べるこの学問は、ヒト以外の様々な霊長類を対象に、生態、行動、心理から生理、遺伝子までを包括的に扱う総合的な学問領域へと発展してきた。本シンポジウムでは、世界の一線で活躍してきた霊長類研究者3名を講師に迎え、それぞれの視点でサル学70年の蓄積とその成果を解説しながら、ヒトの現代社会を考え未来を展望する話題提供をおこなう。ヒト以外の霊長類を知ることは、ヒトを知ることに直結する。ヒト以外の霊長類を通してヒト自身について考える、まさにそれこそが霊長類学の主要な目的である。からだ・こころ・くらしのそれぞれの観点からの霊長類学の成果を概観し、さらにそれが人間理解につながる意義について、平易に紹介する。人間とは何か、人間はどこから来て、どこに向かうべきなのか。研究者ならずとも、すべての人が疑問に思うことであろう。また、後世の社会のためにも真剣に考えるべき課題である。霊長類としてのヒト、生物としてのヒトについて考えを巡らせながら現代社会とその未来について思慮を深める契機とすることが本シンポジウムの目的である。

    講演プログラム
    司会 平田聡(京都大学・野生動物研究センター)
    13:30-13:35 趣旨説明
    13:35-14:25 「化石が物語る人類の始まり」
        諏訪元(東京大学・総合研究博物館)
    14:25-15:15 「分かちあう心の進化」
        松沢哲郎 (京都大学・高等研究院)
    15:15-15:30 休憩
    15:30-16:20 「サル化する人間社会」
        山極寿一(京都大学・総長)
    16:20-16:30 総合討論

    企画:平田聡(京都大学・野生動物研究センター)

自由集会
  • 森光 由樹, 半谷 吾郎, 川本 芳
    原稿種別: 自由集会
    セッションID: W1
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    日時:2019年7月12日(金) 14:00-16:00
    場所:6Fホール

    環境省は2014年に鳥獣保護法を改正し,「鳥獣の管理」を明確にして法律に「管理」を加え,鳥獣保護管理法へ改正した。同じ年,環境省と農林水産省が連名で「ニホンザル被害対策強化の考え方」の中で「加害群の状況に応じて全頭捕獲や加害群れの個体数削減など捕獲を進め,10年後(平成35年度)までに加害群の数を半減させる」ことを公表した。2007年,農水省では鳥獣被害防止特措法が制定され,市町村は国から予算獲得が可能となり捕獲や防護柵の設置が進められている。鳥獣保護管理法へ法律が改正されてから5年が経過し,地域では捕獲が進み被害は減少傾向にある。しかし,保全のためのチェック機能がない地域もあり地域絶滅が心配されている。それとは別に,ニホンザルの保全の問題として,千葉県のアカゲザルとニホンザルとの間で交雑が進んでいるが解決の目途は立っていない。環境省は,これまでレッドリスト,絶滅のおそれのある地域個体群(LP)で,五葉山,金華山地域個体群を指定し,現在改定を予定している。しかし「保全すべき地域個体群の設定や考え方」についての整理は進んでいないのが現状である。自由集会では,特定計画の策定状況と捕獲の現状について情報を共有する。そしてニホンザル孤立地域個体群の現状と交雑が深刻な房総地域個体群の事例を紹介し,地域個体群存続の意義について考える。

    プログラム
    1.趣旨説明
        半谷吾郎(京都大・霊長研)
    2.全国のニホンザル管理の現状~特定計画と捕獲を中心に~
        滝口正明(自然環境研究センター)
    3.絶滅が危惧されている地域個体群の現状と課題~近畿・中国地方の現状~
        森光由樹(兵庫県大・自然環境研)
    4.保全すべき地域個体群の考え方~房総半島個体群のLP指定理由について~
        川本芳(日獣生科大)
    コメンテーター
        中川尚史(京都大・理)・田中洋之(京都大・霊長研)
    総合討論

    責任者:森光由樹・半谷吾郎・川本芳(日本霊長類学会・保全福祉委員会)
    連絡先: morimitsu@wmi-hyogo.jp

  • 森村 成樹
    原稿種別: 自由集会
    セッションID: W2
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    日時:2019年7月12日(金) 17:00-18:30
    場所:6Fホール

    熊本県の豊かな自然はよく知られている。東には阿蘇くじゅう国立公園があり、西には有明海そして雲仙天草国立公園がある。ニホンザルに代表される陸域の自然環境と、イルカに代表される海域の自然環境とが、密接に影響し合って豊かな生態系を形成している。それがどんなものなのか、熊本に住んでいれば見聞きしてよく知っているだろう。しかし、それにどのような価値があるのかは、実はあまり分かっていないのかも知れない。自然環境と調和して、伝統文化を色濃く残しながら、経済も発展して豊かな生活を送ることは、世界的に見ると“当たり前”のことではない。豊かな山や森、そして澄んだ水や空気を犠牲にして、その環境で育まれた風土や伝統文化、固有の言語を失うことと引き換えにして、開発による便利で快適な生活を手に入れなければならない国や地域がある。熊本も厳しい時代を経験して今がある。県は、熊本地震のあと「創造的復興Build Back Better」を掲げてきた。豊かな自然環境を守りつつ復興を成し遂げることができれば、貧困にあえぐ世界の国々が目指す開発/発展の良い手本にもなるだろう。現代はグローバル社会だ。私たちの生活が世界の様々な人々とつながっているだけでなく、私たちの背中を見ている人がいて、少し先の未来を共有している。本企画では、熊本県の高校生に集まってもらい、野生動物と共存しつつ豊かな生活を実現するためのアイデアを議論する。話題提供者には、霊長類学の新しい研究成果、そこから導かれる人間と野生動物との軋轢、その解決に向けた試みなどを紹介していただき、高校生の議論をサポートする。

    話題提供者:川本 芳(日本獣医生命科学大)
          久世濃子(国立科学博物館)
    コーディネーター:森村成樹(京都大・熊本サンクチュアリ)

    責任者:森村成樹(京都大・熊本サンクチュアリ)
    連絡先: morimura.naruki.5a@kyoto-u.ac.jp

口頭発表
  • 半沢 真帆, 栗原 洋介, 兼子 明久, 夏目 尊好, 愛洲 星太郎, 伊藤 毅, 本田 剛章, 半谷 吾郎
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A01
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    多くの霊長類では,隣接群とエンカウンターしないよう事前に回避していると考えられるが,遊動域の重複があればそこでエンカウンターが起こりうる。一般的には,観察者が視認した時点をエンカウンターとすることが多いが,霊長類にとってのエンカウンターとは必ずしも一致しないと考えられる。しかし,実際はどの時点で他群の存在に気づき,回避または接近しているのかはよく分かっていない。本研究では,屋久島西部海岸域に生息するニホンザルのうち,隣接する大小2群を対象に2018年8月から9月の間,各群の雌雄高順位個体1頭ずつ計4頭に装着したGPS発信器の10分間隔の測位値を用いて,群間および群内の個体間距離を算出した。2群のエンカウンターを観察者が視認した時の他群との個体間距離の最大値は81.8mであった。一方,他群との個体間距離が410m以下の時,その10分後に離れた場合の距離が有意に長くなったことから,観察者よりも早く他群の存在に気づき,回避している距離が推定された。410m以下の時では,群内の個体間距離が短いほど,10分後に他群個体へ接近する割合が高くなった。また,他群との個体間距離が1)410m以下,2)81.8m以下の時を接近時とし,接近個体の性によって10分後さらに接近,または回避する割合を比較し,10分後の移動方向の角度を用いて,接近個体の方向へ移動したか否かを判別した。接近個体が雌同士では,1),2)ともに接近時の回数が最も多かったが,10分後に接近または回避する割合は同程度であり,移動方向は互いに相手の方向に移動する割合が最も高かった。一方,異性同士および雄同士では,2)の距離から回避する割合が高く,移動方向は小群が相手の方向へ移動する割合が高かった。よって,雌同士では接近してもあまり気にせずに移動し,エンカウンターと観察者が視認できる距離まで接近した際は,接近個体が雄の場合回避することが多いが,相手の反対方向に回避する訳ではないことが示唆された。

  • 石川 大輝, 山田 一憲, 中道 正之
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A02
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では,20歳を超える高齢個体が特異的に多い嵐山ニホンザル集団において,0歳のアカンボウから36歳の超高齢個体までの集団内すべての個体 (2018時点で109頭) を対象とし,社会関係の発達変化を横断的に明らかにすることを目的とした。2018年2月9日から9月15日までの80日間に,スキャンサンプリング法によって,327セッションの観察を行い,他個体との毛づくろい,接触,2m以内の近接を記録した。セッション間には最低でも20分の間隔をあけて観察を行った。未成体期 (0-4歳) から成体期 (5-19歳) になると,毛づくろいを行う頻度は増加するが,高齢期 (20-25歳),超高齢期 (26歳以上) となるにつれて減少していた。しかし,他個体との近接頻度は成体期と高齢期の間に差はなく,超高齢期になって減少した。つまり,20-25歳の高齢個体は,毛づくろいではなく,近接によって他個体と交渉しているということがわかった。非血縁個体との近接関係に着目すると,未成体期と高齢期,不妊老体期では自身と年齢の近い個体と偏って近接していたが,成体期ではどの年齢差の小さい相手から大きい相手まで偏りなく近接していた。未成体期での社会関係では同年代の相手との遊び関係が多いが,出産を経験する成体期では,自身の子を主な交渉相手とするために同年代個体との関係が疎遠になると考えられた。しかし,高齢となり出産をしなくなった個体は,再びかつての遊び仲間との関係を密にすることがわかった。以上の結果から,高齢個体の多く生存している嵐山集団では,高齢個体にとって交渉相手となる同年代の個体が多く生存しているため,従来は20歳頃から確認される社会的孤立化が生じにくくなっている可能性が示唆された。

  • 山口 飛翔
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A03
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    オスからメスへの攻撃がオスの繁殖成功度を上昇させるとき,そのようなオスの攻撃を「性的威圧」と呼ぶ。これまでに多くの霊長類で性的威圧がみられることが報告されており,ニホンザルでも非交尾期に比べ交尾期にオスからメスへの攻撃が顕著に増加することが知られている。こうした攻撃はオスにとって利益となる一方で,メスにとってはコストとなるため,メスはオスからの攻撃に対する対抗戦略を進化させてきたと考えられる。本研究の対象である金華山島のニホンザルでは,交尾期に休息中のメスの凝集性が高まることが知られており,こうした休息時の凝集性がオスからの攻撃の回避に寄与している可能性が示唆されていた(佐藤, 1987)。本研究は,交尾期にあたる2018年の10月~12月と非交尾期にあたる2019年の2月~3月に金華山島B1群の6歳以上のメスを個体追跡し,オスからの攻撃と休息集団(少なくとも他の1頭の休息個体と3m以内に近接している休息個体の集まり)のサイズおよび構成個体を記録することで,交尾期における休息時の凝集性がオスからの攻撃に対する対抗戦略として機能しているのかを検討することを目的として行った。分析の結果,オスからメスに対する攻撃の頻度は,非交尾期よりも交尾期で高くなり,交尾期内においては群れ内の発情メス数が多くなるほど高くなった。また,休息集団サイズは,非交尾期に比べて交尾期に大きくなり,交尾期内においては発情メス数が多くなるほど大きくなった。これらの結果は,メスがオスから攻撃されるリスクに応じて休息時の凝集性を変化させていることを示唆している。また,休息集団サイズは,休息集団内に高順位オスがいるときに特に大きくなること,メスが休息時に高順位オスと近接していると他のオスから攻撃される頻度が低下する傾向があることから,交尾期においてメスがオスからの攻撃を回避するために高順位オスに近接した結果,群れ内の休息時の凝集性が高まっている可能性が示唆された。

  • 疋田 研一郎
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A04
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    多くの霊長類で観察される社会的毛づくろいは,互恵的利他行動であると考えられ,毛づくろいを行う相手や授受される毛づくろい時間のバランスといった観点から数多く研究がなされてきた。しかし,これらの指標を用いた研究では,毛づくろい中の集中力が一律であることを前提にしており,そうした毛づくろいの質的な側面において互恵性が成り立つのかという観点から議論することができなかった。そこで本研究では,毛づくろい中の集中力を評価するために,ヒト(Homo sapinens)において集中力の指標になると示唆されている瞬きに着目した。ヒトでは無意識的に視覚情報の中に出来事のまとまりを見出し,その切れ目で瞬きを行うことで対象への注意を一旦解除し,情報処理を行っている可能性が示唆されている。また,集中して行う作業中には瞬きが抑制されることが知られており,視覚情報を要する作業中の瞬きの頻度が集中力の指標になるのではないかといわれている。このような瞬きに関する特徴がヒト以外の霊長類でも当てはまり,瞬きの頻度が集中力の指標になるのか検証するために,宮城県金華山島のニホンザル(Macaca fuscata)A群のオトナメス10個体を対象に,2017年9~12月と2018年7~9月の間,毛づくろい中と休息中の瞬きをビデオカメラを用いて記録した。シラミの卵を探索除去するという視覚情報の精査を要する作業である毛づくろいの最中と休息中の瞬きの頻度を比較すると,毛づくろい中は瞬きが抑制されていた。また,毛づくろい中について瞬きが起こったタイミングを調べると,除去した卵を口に入れる瞬間のような視覚情報の要らない出来事の切れ目と考えられる瞬間の0.9秒前~0.5秒後に瞬きが起こる割合が高く,卵を探索している最中は瞬きが抑制されていることが分かった。よってニホンザルの瞬きにもヒトと同様の特徴があることが示され,出来事の切れ目以外で起こる瞬きの頻度が集中力の指標になる可能性が示唆された。

  • 清家 多慧
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A05
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    遊びは広く動物一般にみられ,認知や社会的発達などと関連して特に幼少個体において重要な行動であるといわれており,複数の個体が相互的に交渉する社会的遊び(以下遊び)では様々なコミュニケーションが交わされている。中でも遊びの開始,維持に関するコミュニケーションについてはプレイシグナルの観点から様々な研究がなされてきた。一方,遊びの終了に関するやり取りについてはこれまでほとんど議論されてこなかった。相互交渉の中で遊びのコンテクストが共有されるとその後は様々な行動がそれを通して解釈しなおされるため,あらゆる行動が「遊びである」と解釈されることになる。そのような状況において,「遊びはもう終わりである」ということを相手に示すような行動はないのだろうか。本研究ではそれを明らかにするため,宮城県金華山島のニホンザルを対象に,「取っ組み合い遊び」を起点として遊びの終了時の行動を調べた。遊びの終了時には一方の個体が相手から走って離れる場合,歩いて離れる場合,双方が近接のまま静止する場合の3パターンが存在したが,それぞれの行動に着目するとその後の個体間交渉には異なる傾向が見られた。取っ組み合い遊びの最中に,①走って相手から離れると追いかけっこ遊びへの移行になり遊びが終了しにくい,②歩いて相手から離れるとその後誘い掛けが起こらず遊びが終了しやすい,③双方が近接状態のまま静止するとその後誘い掛けが起こりやすいため結果的に遊びが終了しにくい。また,敵対的な意味合いが強いと考えられる威嚇や悲鳴,グリメイスは必ずしも遊びを終了させることにはつながっていなかった。これらの結果から,相手から「歩いて離れる」という行動が他の行動に比べ高い確率で遊びの終了につながることが示された。このことは,「歩いて離れる」という行動はありふれた行動であるが,それが遊びの最中に急に出現すると遊び終了のシグナルとして機能する可能性を示唆している。

  • 豊田 有, 丸橋 珠樹, Malaivijitnond Suchinda, 香田 啓貴
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A06
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    音声には様々な機能があるが,その一つに発声個体の性的な魅力などの性質を他個体に「正直に」伝達する信号としての機能がある。特に発声個体の体の大きさは,音声の共鳴特性に反映されやすいため,繁殖競合条件下において同性競合者への威圧あるいは潜在的な繁殖相手への宣伝のために音声が用いられることがある。霊長類においても音声が性選択を受けて特殊化・複雑化したと推察される例はホエザルやテングザル,テナガザルなど種々の報告がある。こうした音声の中で,特に交尾の前後の文脈で生じる「交尾音声(CopulationCall)」として記載される音声は,社会構造のなかで機能する性戦略の一つとして重要である。本発表では,ベニガオザルのオスが射精時に発する交尾音声を分析した結果から,この音声の機能や進化的背景を他種との比較を通じで議論する。タイ王国に生息する野生のベニガオザル5群を対象とした18か月の調査によって得られた383例の交尾の映像データを分析に用いた。交尾オスの個体名と社会的順位および交尾音声の有無を分析した結果,交尾オスの順位が高いほど交尾音声の発声頻度は高く,低順位オスでは低かった。一方で,交尾音声が確認された映像から交尾音声446バウトを抽出し,音響分析をおこなった結果,交尾音声の区切り数,発声継続時間,共鳴周波数の分析から得られた体重推定値はいずれも順位に依存した効果は認められなかった。とりわけ,体サイズを反映する共鳴周波数と順位との関連性が認められないことから,音声情報を介したメスからの選択が難しいことが推察された。これらの結果から,ベニガオザルのオスにおける交尾音声は,高順位オスしか発声しない「順位依存的な」音声であり,繁殖相手であるメスに対する宣伝より,発すること自体が周辺の競合オスに対する権力誇示音声であると示唆される。

  • 本郷 峻, 中島 啓裕, アコモ-オクエ エチエンヌ, ミンドンガ-ンゲレ フレッド
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A07
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    すべての生物は地球の自転と公転によって起こる日周と季節の変化に適応して高度を調節し,多くの霊長類でも日周と季節によって活動性が変化する。本研究では,ガボン共和国ムカラバ-ドゥドゥ国立公園に生息する昼行性・半地上性霊長類,マンドリル (Mandrillus sphinx) の集団を対象に,活動性の日周・季節変化について検討した。2009-2013年に行った計46回の集団追跡のGPSデータをもとに,一般化線形混合モデルを用いて遊動速度の日周変化と季節差を推定した。その結果,果実期と非果実期で日周変化パターンが異なるとするモデルがAICによる最適予測モデルとなった。両時期とも日中は継続的に遊動し続けるものの,果実期には速度が10時頃と15時頃に極大となる二山型を示したのに対し,非果実期では際立った速度変化の無いなだらかなパターンを示した。また,最適モデルを用いて推定した日遊動距離は果実期 (6.9 km) の方が非果実期 (5.7 km) よりも長かった。加えて,2012-2014年に行った自動撮影カメラ調査の映像データをもとに,カーネル密度推定法を用いて,集団の撮影頻度の日周変化を果実期と非果実期に分けて記述した。その結果,マンドリルはどちらの時期も6-19時の間にしか撮影されず,さらに果実期・非果実期の日周パターンは,直接追跡による集団遊動速度とよく似たパターンを示した。これは,遊動速度の時間変化が撮影頻度に影響を与えた結果だと示唆される。マンドリル集団は,熟果の果肉を主な食物とする果実期には各個体が活動を同調させて果樹間を移動することで,速くリズムある遊動を行うのに対し,一方で,食物の多様性が増して探索に時間のかかる埋土種子や昆虫などの重要性が増す非果実期には,集団内個体間の活動同調性が低下し,各個体がバラバラに採食と移動を繰り返しながら集団を維持すると考えられる。

  • 戸田 和弥, 毛利 惠子, 古市 剛史
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A08
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    生まれ親しんだ集団からの移出は、動物個体の生活史上の重要な事象の一つである。一般に、単位集団を形成する哺乳類種では、メスが出自集団に居残るパターンが多くみられるが、アフリカ大型類人猿、クモザル亜科、アカコロブス属など、いくつかの霊長類種では、メスが集団間を移籍するパターンが普及している。これらの種におけるメスの生活史特性(特に初産に至るまでの発達過程)は、霊長類社会の多様性や進化を考えるうえで重要である。本研究では、出自集団からの移出するボノボメスの至近的変化の解明を目的として、コンゴ民主共和国、ワンバのコドモメスの社会行動と性ホルモン値を縦断的に調査した。調査期間中、ボノボメスは6.7 ± 0.3歳で出自集団を離れた(N = 4)。移出前段階には、(1)母親とのアソシエーションの低下、(2)老齢メスへの近接性の増加、(3)交尾行動の萌芽、(4)エストロゲン量の増加がみられた。本研究結果は、ボノボメスにおける母親からの自立性と社会パートナーの選好性、移出タイミングと性成熟開始との関連性を提示した。ボノボメスの発達過程は、姉妹種であるチンパンジーメスのそれとは異なる点がみられた。このような移出タイミングの差異は、社会生態学的な観点から説明されるとともに、共通祖先との異時性(ヘテオクロニー)の一つとして進化を考えることができるかもしれない。

  • 横山 拓真, 安本 暁, 古市 剛史
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A09
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    野生ボノボの研究をしているフィールドサイトは多く、長期的な研究を継続しているフィールドがあるにも関わらず、ボノボがオトナボノボの死体に遭遇した際に示す行動を記述した報告はこれまでになかった。そもそも熱帯雨林に生息するボノボの死体は腐敗が早く、また死期が近い個体は集団遊動についてこなくなるため、発見・観察が困難になると考えられる。離乳前の子どもが死亡した場合、ボノボが死児運びを行うことは少なくなく、また共食いも報告されている。さらに、傷を負って消失した仲間を探すために、集団遊動をした事例も報告されている。また、ボノボは同種の死体だけでなく、他種の死体に対しても多様な反応を示すことがある。本発表の主な目的は、オトナボノボの死体発見時から2日間にわたる定点観察によって記録した、死体に対する仲間の反応を示すことである。死体発見時は、オトナメスとその子どもが死体を触っており、他の仲間は周囲から死体を眺めていたが、フィールドアシスタントが近づくとボノボたちは逃げてしまった。研究者の適切な指示のもと、死体は発見された場所に埋められた。しかし翌日、死体の仲間たちは計二回、その場所に戻ってきて数時間もの間、死体を探すような行動を見せたり、毛づくろい行動や休息をしたりしていた。死体に対する仲間の反応は、ボノボ以外の霊長類でも報告があり、時に情動的な行動を示すこともある。本発表の事例はボノボだけではなく、ヒトにおける死生観の進化について考察するためのヒントになるだろう。

  • 松本 卓也, 花村 俊吉, 郡山 尚紀, 早川 卓志, 井上 英治
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A10
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    チンパンジーの社会では、概してオスは出自集団に留まり、メスは性成熟後に他集団へ移籍して移籍先の集団で初産を迎えるとされており、それが近親交配の回避につながると考えられている。一方で、野生チンパンジーの長期調査地のほとんどの集団において、出自集団で初産を迎え、そのまま集団に留まるメスが確認されている。マハレ山塊国立公園のM集団では、これまで、1993年から1998年の期間(期間Ⅰ)に5個体のメスが初産を迎え、そのうち4個体がその後も集団に留まった例が報告されている。本研究では、同集団で生まれ、2013年から2014年の間(期間Ⅱ)に初産を迎えたメス2個体の特性や他個体との社会関係、および妊娠・出産時の集団の状況について事例報告を行う。そして、過去の5個体の例と併せて、チンパンジーのメスが移出せず、出自集団で初産を迎える要因について検討する。これまでM集団で生まれて性成熟を迎えたメスは32個体であり、そのうち7個体(21.9%)が同集団で初産を迎えたことになる。その7個体のメスの個体特性や他個体との社会関係、および期間ⅠとⅡの集団の状況には一貫した特徴は見られなかった。しかし、以下の排他的でない複数の要因が考えられる。すなわち、集団サイズの減少や環境収容力の増大による採食競合の減少、同集団のメスから攻撃を受けにくいこと、血縁者や養母からの子育ての援助、仲の良い同年代個体の存在、およびワカモノ期の不妊期の短さである。また特筆すべき点として、研究対象のメスのうち1個体と、集団のαオスである同母兄との射精を伴う交尾が、排卵の可能性の高い発情周期後半においても観察された。DNAを用いた父子判定の結果、その子の父親は兄ではなく集団内の他のオトナオスであることが示唆された。メスが出自集団に留まるリスクとなりうる近親交配による妊娠の可能性を評価するためには、今後のさらなるデータの蓄積が必要である。

  • 石塚 真太郎, 竹元 博幸, 坂巻 哲也, 徳山 奈帆子, 戸田 和弥, 橋本 千絵, 古市 剛史
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A11
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    ボノボとチンパンジーは互いに進化的に最も近縁な二種であるにも関わらず、他集団のオスに対する攻撃性が異なる。チンパンジーのオスは他集団のオスを連合攻撃して殺戮する等、激しい攻撃性を示すのに対し、ボノボのオスではそのような激しい攻撃性は見られない。このような攻撃性の違いは、隣接集団に属するオス間の血縁の分化が、ボノボよりもチンパンジーで大きいからである可能性がある。そこで本研究では、隣接集団に属するオス間の遺伝的分化度を両種間で比較した。コンゴ民主共和国ルオー学術保護区ワンバ村周辺に生息する野生ボノボ3集団、ウガンダ共和国カリンズ森林保護区内に生息する野生チンパンジー2集団の全オトナオスから非侵襲的に遺伝試料を採取した。採取した試料を分析し、全個体の常染色体上STR8座位の遺伝子型、およびY染色体上STR10あるいは12座位の分析によってY染色体ハプロタイプを決定した。遺伝分析の結果を用い、集団内、および隣接集団の全個体間の血縁度を推定した。また、常染色体上、およびY染色体上遺伝的分化指数(Fst)を算出した。ボノボでは、集団内のオス間の平均血縁度が隣接集団のオス間のそれよりも有意に高かったが、チンパンジーでは、集団内と隣接集団のオス間で差が見られなかった。常染色体上、Y染色体上遺伝的距離は両種で同程度の値を示した。両種は、オスの出自集団内での定住性、オス間の高い繁殖成功の偏りなどの特徴を共有していることから、隣接集団のオス間の遺伝的分化には明確な差が生まれないのかもしれない。両種間の他集団のオスに対する攻撃性の違いは、メスの交尾可能期の長さの違いや、パーティサイズの違い等、別の要因で説明できると考えられる。

  • 島田 将喜
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A12
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    タンザニア・マハレの野生チンパンジーM集団の遊動域内にはアブラヤシやナツメヤシといったヤシ科植物が少なくなく分布する。野生チンパンジーはヤシ科植物の多様な部位を異なる目的で利用し,利用の仕方には地域間変異が認められる。M集団のチンパンジーからはヤシ科植物の木に登ったり,果実や種子を利用したりする行動については現在にいたるまで報告はないが,2010年にはアブラヤシの葉の髄の採食が初めて報告され,また近年ではアブラヤシの小葉片を用いたアリ釣り棒作成や使用,ナツメヤシの葉柄をしがむ行動が,低頻度ながら観察され始めている。2018年8月にマハレM集団のオトナメスKPが,ナツメヤシの小葉片を先端から葉軸にかけて裂いて加工し,そのアリ釣り棒を用いてオオアリ釣り行動を行った。その後血縁のないコドモメスJRが接近し,KPのアリ釣りを直接観察したのち,自らもJRと同様にナツメヤシで釣り棒を作成し,アリ釣りを行った。KPとJRによるナツメヤシを利用したアリ釣り棒の作成からオオアリの採食に至るアリ釣り行動に含まれる行動要素やそれらの連鎖は,ヤシ科植物以外の素材を道具として利用した場合と同様だった。釣り棒作成には両者とも数秒しか要しなかった。マハレではナツメヤシを用いたアリ釣り棒作成と使用が確認されたのは今回が初めてである。この事例以前にKPやJRがヤシ科植物と接触を示す観察例はないものの,彼らがこの観察以前にナツメヤシのいずれかの部分を,食物/道具として利用した経験,あるいは単に接触した経験がなかったとは断定できない。仮に新奇な事例であるとしても,行動そのものが新奇なのではなく,アリ釣り棒作成に利用可能な素材の知識に関する革新(innovation)の例だと考えられる。ヤシ科植物を過去に触れたり食べたりした経験や,小葉片が平行脈をもつため裂きやすいというヤシ科植物に共通する葉の物理的特徴が,行動の応用を容易にしたのかもしれない。

  • 中村 美知夫
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A13
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    チンパンジーのメス同士の挨拶交渉について,タンザニア,マハレのデータを元に概観する。一般に,野生チンパンジーのメス同士は没交渉的で「非社会的」とすら言われてきた。こうしたステレオタイプなイメージはこの10年ほどの間に変わりつつあるが,それでもメス同士の社会交渉についてはオス同士やオスメス間の交渉に比べて圧倒的に情報が少ない。チンパンジーの「挨拶」と呼ばれるものの典型例はパント・グラントという音声である。パント・グラントは,劣位者が優位者に発すると考えられており,実際,オス間ではパント・グラントを用いて線形的な優劣序列が決められることが多い。メス間でもパント・グラントはおこなわれるものの,その頻度が低いため,パント・グラントだけでオス間のような線形的な優劣序列が確認できることは稀である。マハレで1994年から2018年にかけて断続的に収集したメス同士の挨拶データを分析した。出会ったりすれ違ったりする際に,明示的な交渉(音声を発する,触れる等)が生じたものを広く「挨拶」と捉えた。これらの挨拶には,挨拶をする者とされる者の方向性が明確なものに加えて,双方向的なものも含まれる。3700時間あまりの観察で405回の挨拶が観察され,うち242回ではパント・グラント等の音声が発せられた。ざっと計算すると100時間あたり10.9回の挨拶,6.5回のパント・グラントということになる。実際にはメス同士が出会っても「何も挨拶しない」ことがほとんどなのである。挨拶が生じる場合は,大まかには年少のメスから年長のメスに向けられることが多かったが,中年以上のメス同士で一定の方向性があるかどうかは微妙である。チンパンジーの「挨拶」と「優劣」はしばしば同義のものとして扱われるが,メス間の挨拶データからその妥当性について検討する。

  • 古市 剛史
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A14
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    多くの哺乳類では、集団間関係は一様に敵対的であり、地域個体群内の集団の組み合わせによる違いはあまり見られない。しかしヒトでは、同じ地域個体群に属するバンドなどの集団間の関係がその組み合わせによって敵対的なものから親和的なものまで大きく異なり、そのネットワークが地域社会ともよぶべきものを形成している。集団間の親和的関係は資源の共有や共同での狩猟などさまざまな機能を持つが、集団間の女性の移籍が親和的関係の形成に大きく寄与している。ヒト亜科のチンパンジーでは、集団間関係は亜種の違いにかかわらず敵対的で、地域個体群内の変異もあまり見られない。ところがボノボでは、地域個体群内の集団関係が組み合わせによって回避的なものから親和的なものまであり、その関係性も時とともに変化する。ボノボでも、メスの集団間の移籍が特定の集団間の遺伝的距離を変化させ、集団の出会いの際にはメスが出自集団の個体と積極的に親和的交渉をもつなど、メスの移籍が親和的関係の形成とその変異に寄与している可能性があり、ヒトの地域社会に類似した傾向が見られる。一方ゴリラでは、集団間の出会いのかなりの部分が親和的である。とくにリーダーオス間に血縁関係がある集団間で親和的な出会いが多く見られ、集団間の親和的関係の変異に寄与するのがメスであるヒトやボノボとは様相が異なる。ゴリラの地域個体群は、ヒト、チンパンジー、ボノボの地域個体群ではなく、個々の父系集団と相同レベルの構造である可能性がある。そう考えると、ゴリラの集団は父系集団のサブユニットということになり、集団のサイズや構成の大きなバリエーションやフレキシビリティ、遊動域の大きな重複、オス間の血縁による集団間の親和的関係などが理解しやすい。集団間関係のバリエーションや親和的関係に対する雌雄の貢献、地域個体群の遺伝的構造等についてのさらなる研究は、ヒト亜科の地域社会の成立過程に大きなヒントをもたらす可能性がある。

  • 松田 一希, Tuuga Augustine, Goossens Benoit, Nathan Sen, Stark Danica J., ...
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A15
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    テングザルは,名前の由来になっている天狗のように長く大きな鼻が特徴的なサルである。テングザルがなぜこのような奇妙な形態進化をとげたのかは大きな謎であった。先の私たちの研究から,テングザルの雄の鼻の大きさはその声の低さと関係し,また鼻の大きさが雄の肉体的な強さと(体格の大きさ),高い繁殖能力を保証する(大きな睾丸),雌を魅了するための大きな武器となっていることが明らかとなっている。同時に,大きな鼻という雄の強さを示す「勲章」のおかげで,雄同士は互いの強さを推し量り,雌をめぐる無駄な争いを避けていることが示唆された。一方,霊長類にとって犬歯は,雄の強さを示す重要な武器だと考えられている。事実,雌雄の犬歯サイズの差は,霊長類の種内の性をめぐる競合の強さや捕食圧と相関することがわかっている。本発表では,鼻の大きさが性をめぐる競争の重要な武器となっているテングザルにおいて,犬歯がどのような役割を果たしているのかを報告する。テングザルの特殊な形態,社会,音声は,性選択と自然選択によって説明されることを議論したい。

  • 中川 尚史, 疋田 研一郎
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A16
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    ヒト以外の霊長類においても,新しく発明された行動が世代から世代へ社会的に伝播していくことが知られ,文化的現象と呼ばれている。社会的に伝達した行動のいくつかは維持され,あるいは変容する一方で,消え去るものもある。旧世界ザルで初めての社会的慣習として知られているニホンザル(Macaca fuscata)の抱擁行動は,宮城県金華山島A群において1983年,1996年と2度の大量死を経ても現在まで数世代にわたり維持されてきた。しかし,本行動は緊張を解消しスムーズな毛づくろいへの移行を促す機能があると考えられていることから,社会的緊張の変化とともにその頻度が変遷しているとの仮説も成立する。本仮説の検証を目的に,A群の群れ追跡時の全生起サンプリング,並びにA群のオトナメスを対象にした個体追跡サンプリング用いて,抱擁行動の頻度変化を調べた。群れ追跡データによれば,1度目の大量死直後の10年,2度目の大量死後のうち最近10年いずれの時期も,頻度が漸減傾向にあり,オトナメス1頭当たりの血縁メスの累積数の平均値の増加と並行して起こっていることが分かった。個体追跡データによれば,1度目の大量死後数年は直近の2017年に比べ頻度が有意に高い一方で,非血縁オトナメスとの毛づくろい割合が有意に高かった。以上の結果から,大量死がもたらした血縁オトナメスの死亡により非血縁オトナメスとの毛づくろいが増えたことに伴う社会的緊張の増加により抱擁行動が増え,その後個体数の回復に伴って血縁者同士の毛づくろいが増えることにより抱擁が減少したことと考えられた。10年以上維持されることがなかったシロガオオマキザルの有名な社会的慣習と対比して考えると,ニホンザルの抱擁が数世代にわたり維持されたのは主たる行為者が群れに生涯留まるメスであったことに加え,明確な機能があったためであろう。しかしそれがゆえに,必要性が下がった時期には頻度の低下がみられることとなった。

  • 辻 大和, プルノモ スゲン T, ウィダヤティ カンティ A
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A17
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    コロブス類では、新生児の毛色が成長とともに変化することが知られている。たとえばアジア産のTrachypithecus属の場合、新生児の毛色は生後まもなくは鮮やかなオレンジ色だが、数カ月以内に親と同じ黒色に変わる。コロブス類の体色変化の適応的な意義については、同じ群れの他個体から保護を引き出すための信号であるという説や、捕食者の目をくらますのに役立つという説が出されているが、結論は出ていない。これまでの研究は新生児の体色と行動の関係を横断的に評価したものがほとんどであり、捕食者や他個体の反応が体色変化に伴って変化するのか、継続的に調べた研究は乏しかった。そこで本研究は、インドネシア・ジャワ島パガンダラン自然保護区のジャワルトン (T. auratus) の新生児(2群:N = 6)を対象に、2018年1月から3月に野外調査を実施した。各対象個体について、瞬間サンプリング法で1) 対象個体の行動、3) 周囲1m以内の近接個体数、3) 新生児に対する他個体の行動の3点を記録した。また、各観察日に対象個体の経路を撮影し、10段階にスコア付けした(0: 黄色→ 10: 黒色)。成長とともに各個体の体色スコアは増加した。体色スコア増加とともに母親に抱かれる割合が低下し、逆に移動・採食・遊びの割合が増加した。新生児に近づく個体数は、体色スコア増加とともに少なくなった。また、他個体からのグルーミング、接近、接触行動は体色スコア増加とともに低下した。以上の結果は、新生児の体色変化は同じ群れの他個体のケアを誘引する信号という仮説を支持するものである。ジャワルトンのオレンジ色の体色は、生後約3か月間維持される。この期間は捕食者からの攻撃や子殺しにより死亡リスクが高いと考えられ、この期間に他個体からサポートを受けることは、彼らの早期死亡率を下げることに役立つと考えられた。

  • ハフマン マイケル A, クマラ ラビンドラ, 川本 芳, ジャヤウィーラ プラサード, バールディ マッシモ, ナハラゲ チャーマリ
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A18
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    Allen's rule first published in 1877 predicts ecogeographical anatomical variation in appendage proportions as a function of body temperature regulation. Since then this phenomenon has been tested in a variety of animal species. In macaques, relative tail length (RTL) is one of the most frequently measured appendages to test Allen's rule. To date, these studies have relied mostly on randomly collected museum specimens or the invasive and time consuming capturing of free-ranging individuals. To augment sample size, and lessen these logistical limitations, we designed and validated a novel non-invasive technique using digitalized photographs processed on LibreCAD, an open source 2D-CAD application. This was used to generate pixelated measurements to calculate a RTL equivalent, the Tail to Trunk Index (TTI) = tail (tail base to anterior tip) pixel count / trunk (neck to tail base) pixel count X 100). The TTI of 259 adult free-ranging toque macaques (Macaca sinica) from 36 locations between 7 and 2087 m above sea level (m. a. s. l.) were used in the analysis. Samples were collected from all three putative subspecies (M. s. sinica, aurifrons and opisthomelas), at locations representing all altitudinal climatic zones where they are naturally distributed. These data were used to test Allen's rule, predicting that RTL decreases with increasing altitude. Our results strongly supported this prediction. There was also a statistically significant, negative correlation between elevation and annual average temperature. The best predictor for the TTI index was elevation. This non-invasive method provides a means for quick morphometric assessment of relative body proportions, applicable for use even on unhabituated free-ranging animals, widening the range of materials available for research studying morphological characteristics and their evolution in primates.

  • 森光 由樹
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A19
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    ニホンザルの地域個体群を保全,管理する上で個体数調査は重要なデータである。特定鳥獣管理計画において,定期的なモニタリング調査が実施されている。繁殖率や死亡率をモニタリングし,個体群動態予測にも利用されている。ニホンザルの個体数カウントで最もよく用いられる直接観察法は,精度が高い方法である。しかし直接観察法は,ニホンザルが調査員を忌避し,カウントできない状況をしばしば経験する。また,群れを長時間追跡し,調査員を複数人配置する必要もあり労力がかかっていた。そこで,報告者は群れがよく利用する場所に自動撮影装置を複数台設置し,カウント法の可能性について検証したので報告する。兵庫県神河町に生息している神河B群,C1群,C2群は電波発信器が装着されている。電波発信器を用いた,これまでの行動圏情報から群れがよく利用し移動する林道に,自動撮影カメラBushnellトロフィーカム,model119456を15台,30日間設置した。自動撮影カメラの設置は,10m,15m,20m,30m間隔で設置し動画データから,性年齢の判別が可能か試験を行った。自動撮影装置でカウントした最大の個体数と直接観察法でカウントしたデータを照合し精度を検証した。B群は7回,C1群は12回,C2群は10回,動画撮影に成功した。自動撮影法のカウントデータは,直接観察法の結果と比較してB群2頭,C1群5頭,C2群1頭少ない頭数結果であった。モニタリングデータとして利用可能であった。今回,試験した群れは30頭〜70頭の群れである。今後,100頭を超えるような頭数の多い群れで同法が利用可能か検証する予定である。

  • 白井 啓, 邑上 亮真, 杉浦 義文
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A20
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    奥多摩町は東京都の最西端に位置し,全域が秩父多摩甲斐国立公園に含まれ,大部分が山地で,町の中心を多摩川が西から東へと流れている。低標高域はコナラ,フサザクラ等,高標高域はブナ,ミズナラ,サワグルミ等の落葉広葉樹林,さらに上はコメツガ,シラビソ等の常緑針葉樹林になっている。「青梅林業」として林業が盛んだったことで,特に低標高域にはスギ,ヒノキ等の植林地が大変多い。人口は5,142人(世帯数2,683)(2019年4月1日現在)で,東京都内ではあるが過疎化,高齢化が進んで地域振興が大きな課題となっている。奥多摩町の森林には本州に生息する大部分の哺乳類が見られるように生物多様性に富んでいるが,近年ニホンジカの増加によって森林の下層植生が衰退し生物相への影響が心配されている。奥多摩町のニホンザルは,秩父・奥多摩地域個体群に属し,加害群として7群が確認されている。農作物の被害発生には季節性があり,初夏のジャガイモ,真夏の野菜類,晩秋から初冬の冬野菜,カキ,ユズなどが被害にあっている。逆に言えば,春の開葉季や秋の果実季のような農作物に依存しない季節もある。被害対策は,追い払い,防護柵,捕獲が実施されているが,中でも長年追い払いが重要視されている。農耕地の背後には標高1200~2000mの大きな山塊が存在するため,追い払う先がある。1997年度以降,奥多摩町役場として群れ毎に電波発信器を装着することで,従事者が群れの発見と識別ができ効率の良い追い払いが行われてきた。目撃地点を記録することで遊動域を把握でき,個体数のカウントも可能になった。電波発信器,受信器,アンテナを使用している以外は,警報器等の追い払いのための機器を特に使用していない。追い払い従事者は1人で7群を対象にしているため被害防除は完璧ではないが,追い払いの基本形の継続により,被害意識が軽減された事例である。しかし従事者の確保が簡単ではないなど課題もある。

  • 川本 芳, 直井 洋司, 萩原 光, 白鳥 大佑, 池田 文隆, 相澤 敬吾, 白井 啓, 田中 洋之
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A21
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    (目的)房総半島では南部に定着した外来のアカゲザルと在来のニホンザルが交雑することが分かっている。近年になり新たにカニクイザルが交雑に関与する可能性が疑われるようになった。本研究では,性特異的に遺伝する種判別標識を利用し,関与する外来種を見直すことを目的とした。(方法)既得の血液と新たに収集した糞DNAを試料に用いた。ミトコンドリア遺伝子(mtDNA)の非コード領域配列につきアカゲザル,カニクイザルで報告のある地域変異を参照し房総のニホンザルと比較した。また,限性遺伝するY染色体遺伝子につき,マイクロサテライトDNAの3多型座位(DYS472,DYS569,DYS645)で識別できる染色体タイプからニホンザル由来でもアカゲザル由来でもないタイプを特定した。このタイプを示すオスについてTSPY遺伝子の部分配列を読み,既知配列と比較し種判別を試みた。(結果と考察)母性遺伝するmtDNAの場合,移住の可能性があるオス以外ではニホンザル分布域とアカゲザル野生化地域に対応するタイプが2分された。メスの移住は起きにくいことから,現存個体群に第2の外来種の痕跡は認められないと判断した。一方,限性遺伝するY染色体遺伝子では,繁殖を介したオス遺伝子の伝達があるため,ニホンザル野生群に外来種の影響が認められる。勝浦市のニホンザル群には南房総のアカゲザルと異なるY染色体タイプ(仮称Xタイプ)をもつ交雑オスが検出される。このタイプの分布は限られ,勝浦以外の地域では今のところ確認できていない。XタイプのTSPY遺伝子配列分析ではカニクイザル起源の確証は得られず,南房総のアカゲザルと同じ配列が検出された。しかし,カニクイザルがアカゲザルと自然交雑するインドシナ半島のカニクイザル由来の可能性も残るため,アカゲザル由来と断定することはできない。勝浦市でカニクイザルを放し飼いし閉園した公園の存在に照らし,今回の分析結果を考察する。

  • 山田 一憲, 中道 正之, 清水 慶子, 草村 弘子, 延原 久美, 延原 利和
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: A22
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    淡路島ニホンザル集団は,ニホンザルの多様性を理解する上で,重要な地域個体群である。一方で,他の餌付け集団と同様に,個体数増加の抑制が課題となっている。発表者らは,2011年に淡路島ニホンザル集団の保護・管理のためのミーティンググループを組織して,長期的な個体群管理と捕獲によらない個体数調整の方法を検討してきた。本発表では,2012年の秋から継続しているホルモン剤投与による出産抑制の効果を発表する。ミーティンググループは,公苑管理者,研究者,獣医師,地元住民の8名のメンバーと5名のオブザーバーから構成されており,毎年交尾期が始まる前に,投与対象個体,投与量,投与期間,投与間隔を決定した。個体識別ができる公苑管理者が,これらの取り決め通りに,合成プロゲステロンの経口投与を実施した。1年を通して対象個体の行動を観察し,異常がないか確認を行った。実施にあたっては,大阪大学大学院人間科学研究科動物実験委員会の審査と承認を受けた。投与開始前(2012年)の集団の個体数は356頭であり,出産率は61.0%であった。1頭あたりの1日の平均給餌量は298kcalであった。2018年までに延べ645頭の成体メスに対して投与を行い,そのうち翌年の春に出産した個体は延べ81頭であった。投与個体の出産率は12.6%であり,2013年以降の集団全体の出産率は26.6%であった。計画通り投与できた個体の出産は,ほぼ抑制できた。淡路島集団では,交尾期何日も餌場にあらわれない個体が時折みられる。このような個体が投与対象の場合,計画通りに投与ができず,出産に至った事例があった。そのような場合でも,対象個体や新生体に問題は生じていなかった。本研究から,個体識別に基づいた計画的な合成プロゲステロンの経口投与は,餌付けニホンザル集団の出産率を抑制する効果を持つことが示された。

  • 木下 勇貴, 後藤 遼佑, 中野 良彦, 平崎 鋭矢
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B01
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    ヒトの二足歩行において,骨盤は立脚初期から中期にかけて遊脚側へ傾くが,中殿筋の遠心性の活動が傾斜を制限し,身体が遊脚側に倒れるのを防いでいる。この時,胸郭は骨盤と反対に支持脚側に傾く。つまり,骨盤と胸郭は前額面内で逆方向に側屈する。一方,チンパンジーの二足歩行では,ヒトとは逆に,骨盤は立脚期に支持脚側へ傾斜する(O’Neill et al., 2015)。さらに,胸郭もまた骨盤と同様に支持脚側に傾くため,身体重心の左右移動がヒトよりも大きい(Thompson et al., 2018)。しかし,ヒトとチンパンジー以外の霊長類における二足歩行時の体幹運動に関する研究はほとんどないため,ヒトのような骨盤と胸郭の側屈様式が,他の霊長類にはない固有の戦略かどうかは未だ明らかでない。そこで,シロテテナガザルとニホンザルの二足歩行中の前額面内体幹運動を計測し,彼らの体幹姿勢の制御パターンについて検証した。被験体には,シロテテナガザル(メス1個体),ニホンザル(オス5個体)を用い,比較としてヒト被験者についても計測した。第5胸椎,第12胸椎(シロテテナガザルは第13胸椎),第3腰椎,仙骨の直上皮膚に貼付した実験用クラスターマーカーの三次元座標から,二足歩行時の胸郭中部,胸郭下部,腰部,および骨盤の前額面内での回転角度を見積もった。その結果,ヒト以外の2種の全個体において,立脚期に支持脚側へ骨盤,腰部,胸郭を傾けるというチンパンジーと同様の動きが見られた。したがって,立脚期における遊脚側への骨盤傾斜と立脚側への胸郭側屈を伴う体幹運動は,ヒトに固有の戦略である可能性が高い。また,ニホンザルとテナガザルの間にも違いが見られ,ニホンザルでは足部接地時付近にある骨盤側屈角度のピークが,テナガザルでは立脚中期に観察された。さらに,ニホンザルは種内変異が大きく,常習的に二足歩行をしない種における前額面での安定性維持の方法には,種間差と個体間差が大きいことが示唆された。

  • 布施 裕子, 時田 幸之輔, 小島 龍平, 平崎 鋭矢
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B02
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    脊髄神経後枝は,最長筋・腸肋筋に分布する外側枝と,横突棘筋群に分布する内側枝に大きく分かれる。最終枝は皮下に出現し,それぞれ外側皮枝・内側皮枝となる。固有背筋は比較的原始状態にとどまり分化の程度が低い(山田)とされている。しかし我々は,ヒトにおいて,内側皮枝の有無によって横突棘筋群への筋枝の走行形態が変化することを明らかにした(布施 2019)。今回,ニホンザルを用いて胸・腰神経後枝を肉眼的に観察することで,外側枝と内側枝の走行・分岐様式の分節による変化を明らかにした。観察したニホンザル(京都大学霊長類研究所所蔵標本1体)は,胸椎13個・腰椎7個で構成されていた。Th7-8は,外側枝は最長筋と腸肋筋の間を走行し,まず最長筋に対して外側から,次に腸肋筋に対して内側から筋枝を分岐し,2筋の間より皮下へ出現し外側皮枝となった。内側枝は,内側皮枝と筋枝に大きく分かれ半棘筋と多裂筋の間を走行し,筋枝はまず多裂筋に対して浅層から,次に回旋筋に対して浅層から,最後に半棘筋に対し深層から分岐した。内側皮枝は棘突起の下外側で皮下に出現した。Th2-6では,外側皮枝を持たないが,他の枝はTh7-8と同様であった。Th9-11は内側皮枝を持たないが,他の枝はTh7-8と同様であった。Th12-L2は,外側皮枝がより外側を走行し腸肋筋の筋束を一部貫いた。内側枝は,回旋筋の深層を走行し,全ての筋に対し深層から筋枝が分岐した。L3では,外側皮枝は腸肋筋の筋束をL2よりも多く貫くことで,より深層を走行し外側から皮下へ出現した。他の枝はTh12-L2と同様であった。外側枝は,外側皮枝が存在してもしなくても,筋に対しての筋枝の走行・分岐様式は変化せず,外側皮枝の走行のみが変化していた。以上より,ニホンザルの胸・腰神経後枝は,外側枝は外側皮枝が,内側枝は筋枝が,胸腰椎移行部より下位の分節で走行位置を深層へと変化させた。本研究は京都大学霊長類研究所共同利用・共同研究で実施した。

  • 浅見 真生, 高井 正成, 張 穎奇, 金 昌柱
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B03
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    マカク属の化石は鮮新世以降のユーラシア大陸各地から見つかっており,特に更新世以降の地層より多数得られる。化石の多くは遊離歯化石であり,中国広西壮族自治区の洞窟堆積物からは数千点が報告されている。豊富な化石記録からマカク属は現在よりも広い地域に分布していたことが分かっているが,歯牙化石の形態から属以下の同定を行う手法は確立されておらず,過去の分布域の変化や化石と現生種との系統関係の推定は困難であった。本研究では,顎骨から外れた遊離歯化石でも歯種の同定が容易である下顎第三大臼歯に注目して幾何学的形態解析を行い,現生種の種間及び種群間の形態変異を探索することで,化石と現生種の形態を比較し遊離歯化石の系統的位置の推定を試みた。アジアに分布する現生マカク属を対象に解析を行い,広西壮族自治区の化石について検討を行った。歯の咬合面の表面形状を3Dレーザースキャナーで取得し,ランドマーク法を用いて三次元形状と二次元形状の双方を比較した。その結果,咬合面のアウトラインに対する咬頭頂の配置や咬頭の高さなどについて,種群間の形態差が明らかとなった。カニクイザル種群は特に他のトクマカク種群やシシオザル種群よりも咬頭が低く,咬頭が歯冠の辺縁部に広がる傾向があった。また,広西壮族自治区の更新世の遊離歯化石には先行研究で示唆されていた3種群全ての化石が含まれることが示された。今後他地域のマカク属化石と比較することで,マカク属の分布遷移の理解に貢献できると期待する。

  • 中村 千晶, 李 泳斉, 森村 成樹
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B04
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    近年では飼育動物においても高齢化が進んでおり,ヒトと同様に健康長寿が望まれる。食餌機能を脅かす口腔内疾患の早期発見は飼育動物の健康管理において重要であるが,日常の飼育作業時の観察では気付きにくく,病状が進行してから対処に至ることが多い。ヒトでは,歯科医師による健診システムによって口腔内疾患に対して早期発見・早期治療することが可能になっている。特に,学校歯科健診では,短時間で多人数を診査するために,規格化された項目についての簡便な記録法が確立されている。本研究では,オランウータンを対象とした口腔内診査法の開発を目的として,学校歯科健診の手法を飼育者向けに改良,実際の飼育個体へ適用した。円山動物園において日常的に飼育者によるハズバンダリートレーニングを受けているボルネオオランウータン(レンボー;1998.10.7生,雌)を被験個体とした。概要として,まず飼育者が被験個体と格子越しに対面,目視にて口腔内を約1分間観察し,見えたものを自由筆記で図と文字で記録した。その記録に基づき,歯科医師が視診の要点(術者と被験個体の顔の角度,舌圧子による粘膜の排除方法等)について改善案を提示し,最適な観察条件を得るまで繰り返し検討した。最終的には飼育者が口腔内所見を「オランウータン口腔内記録用カルテ」に飼育者が記録するように変更した。カルテ用紙はヒトの歯科健診用記録を参考にして歯科医師が準備した。以上の検討の結果,飼育担当者が歯・歯肉・舌粘膜の状態などの主要な口腔内所見について短時間で観察・記録する技術を習得することができた。複雑な知性を持ち,好奇心が旺盛なオランウータンにとっては,口腔内診査を受けるトレーニング自体が良い社会的刺激となっているようであり,福祉の向上にもつながると期待される。本発表では,口腔内診査の様子を動画で紹介する。

  • 村松 明穂, マーティン クリストファー, 松沢 哲郎
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B05
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    霊長類を対象としたタッチモニタを用いた比較認知研究は,研究施設でおこなわれることが多かった。しかし,近年では,国内外の動物園においてもタッチモニタによる研究が行われるようになってきた。こうした動物園での認知研究を通じて,1) 飼育動物へのエンリッチメント,2) 来園者への新しい展示と教育の機会,3) 研究者がより広範で多様な種を対象とできる可能性,を提供できる。しかしながら,施設改修を必要とすることが多く,これが,動物園で認知研究をはじめる上での壁のひとつとなっていた。本研究で用いたポータブル式タッチモニタ装置は,バッテリーやフィーダー等を含むすべてを装置に内包しており,飼育ケージの金網に装置を引っ掛けるだけで実験をはじめることができる。本研究は,ポータブル式タッチモニタ装置を導入した際のマカクの反応・タッチモニタ課題の学習過程・実験場面での社会関係を分析し,来園者へのアウトリーチ活動としての効果について考えることを目的とした。日本モンキーセンター(愛知県)との連携研究として,日本モンキーセンターで飼育されているマカクのうち6種7グループを対象とした。ブタオザル(Macaca nemestrina),アカゲザル(Macaca mulatta),ニホンザル(Macaca fuscata),ボンネットモンキー(Macaca radiata),トクモンキー(Macaca sinica),チベットモンキー(Macaca thibetana)である。タッチモニタ課題は装置への馴致からはじめ,1) 画面の大きなドットをさわる,2) 小さなドット,3) 複数のドット,4) アラビア数字を順に,という内容で進めた。結果,すべてのグループが,数字の順序を学習する段階に至った。また,実験場面での社会関係では,限られた個体が独占的に装置に接近する種(ニホン・アカゲなど)と,複数の個体が比較的平等に接近する種(ボンネット・トクなど)に分かれることが明らかになった。来園者に向けたスタッフ・研究者による説明と来園者の反応についても報告する。

  • 佐藤 侑太郎, 狩野 文浩, 平田 聡
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B06
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    Previous studies have shown that humans experience negative emotions (i.e., empathic pain) when observing pain in others. We investigated psycho-physiological reactions to others’ injury and pain in two species of great apes: six chimpanzees (Pan troglodytes) and six bonobos (Pan paniscus). Specifically, we used infrared thermal imaging to measure their nasal skin temperature when they were viewing a real-life theatrical demonstration by a human experimenter. Previous studies suggest that reduced nasal skin temperature is a characteristic of arousal, particularly arousal associated with negative valence. First, we presented apes with a realistic injury: a familiar human experimenter with a prosthetic wound and artificial running blood. Chimpanzees, especially adult females, exhibited a greater nasal temperature reduction in response to injury compared with the control stimulus, whereas such a clear difference was not observed in bonobos. Second, apes were presented with a familiar experimenter who stabbed their (fake) thumb with a needle, with no running blood, a situation that may be more challenging in terms of understanding the cause of pain. Apes did not physiologically distinguish this condition from the control condition. Lastly, apes were presented with a human experimenter who hurt themselves accidentally and expressed pain explicitly by behavioral cues. Again, apes did not physiologically distinguish this condition from the control condition. These results suggest that apes can infer the cause of pain from contextual cues, but have difficulty in understanding unfamiliar situations.

  • Jie Gao, Tomonaga Masaki
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B07
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    This study aims to investigate how chimpanzees and children process bodies of other species and which kinds of cues they use, including embodied and visual experience. Previous research has found that human adults show the inversion effect to bodies of conspecifics and other species that they have visual or embodied expertise with, that is, they are better at recognizing the bodies when they are upright than inverted. The inversion effect is not found for other objects. In this study, we tested the inversion effect in seven adult chimpanzees and 33 children (43-75 months old). For chimpanzees, we used stimuli of crawling humans, horses (they have no visual experience with them but they share the quadrupedal postures), bipedal humans with visually familiar postures and unfamiliar postures. For children, we used stimuli of humans (conspecific), chimpanzees (not familiar), horses (familiar), and houses (other objects). They did recognition tasks with upright and inverted stimuli on touch screen computers. For chimpanzees, they showed the inversion effect to crawling humans, horses, and bipedal humans with familiar postures. It suggests that they use both embodied and visual experience when processing other species' bodies. For children, they showed the inversion effect to humans, chimpanzees and horses. It suggests that children are more sensitive to visual experience cues than chimpanzees, because they have limited visual experience with chimpanzee bodies but still showed the expert-only inversion effect. There was no change in the inversion effect with age, suggesting that the use of visual experience in children is stable in the pre-school phase.

  • He Tianmeng, Lee Wanyi, Hanya Goro
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B08
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    Chewing, as an intermediate step between food handling and chemical digestion in the whole nutrition intake process, is one of the initial steps that deals with the mechanical defenses of food. It has been associated with the fitness of mammals by influencing digestive efficiency. As a major mechanical defense of plant, toughness is one of the most prominent extrinsic factors that limits chewing efficiency in primates. This study aims to clarify the seasonal variation of food fracture toughness and chewing efficiency in Yakushima Japanese macaque (Macaca fuscata yakui). We collected feeding behavior data and fecal samples in Yakushima lowland. Food fracture toughness was measured with a rheometer. Fecal particle size was measured by sieving analysis to show the variation in chewing efficiency. Here, we report the preliminary results about the seasonal and age-sex related variation in dietary fracture toughness and fecal particle size. And we would like to discuss the relationship of food mechanical properties and chewing efficiency.

  • Yan Xiaochan, Widayati Kanthi Arum, Suzuki-Hashido Nami, Bajeber Fahri ...
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B09
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/03/21
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    Bitter taste plays an important role in avoiding ingestion of toxins and resisting bacteria and parasites, which might evolve to reflect species-specific diets during mammalian evolution. Bitter taste receptors (TAS2Rs) mediate the bitter perception in mammals. We investigated the polymorphism of a well-studied bitter taste receptor TAS2R38, protein for the bitter Phenylthiocarbamide (PTC), in four allopatric species (M. hecki (N: 16), M. tonkeana (N: 12), M. nigrescens (N: 11) and M. nigra (N: 15)) of Sulawesi macaques in Sulawesi Island, Indonesia. In most cases, individuals are sensitive to PTC. We observed all individuals of M. hecki are sensitive to PTC while some individuals of M. tonkeana, M. nigra and M. nigrescens showed low sensitive to PTC. Determining TAS2R38 sequence, we found truncated TAS2R38 led to no sensitivity of PTC in M. nigra and M. nigrescens. Functional protein assay showed substitution on three amino acid sites are responsible for low sensitivity in M. tonkeana. Phylogenetic analysis showed TAS2R38 of Sulawesi macaques is derived from M. nemestrina and the low-sensitive allele in M. tonkeana is shared with M. nemestrina. The non-sensitive alleles occurred independently in M. nigra and M. nigrescens after speciation. The low-sensitive alleles in M. tonkeana might express apparently intact TAS2R38 receptor, with low response to PTC. The intact low-sensitive alleles may respond to other bitter compounds. These results revealed species difference on bitter taste; however, whether these differences were resulted from local adaptation need to be studied.

  • Xu Zhihong, MacIntosh Andrew, Duboscq Julie
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B10
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    Group living is beneficial for individuals in a group, but also comes with costs. One such cost is the increased possibility of pathogen transmission. Yet, most research that focuses on social transmission in primates has done so with only subsets of the group (e.g. adults or even adult females), which will influence the results and their interpretation. With this in mind, we aimed to test (i) whether social interactions or proximity mediate the spread of intestinal parasites in primate groups, and (ii) whether work that includes only subsets of a group might produce biased results. To test these hypotheses, we investigated the relationship between social network centrality and intestinal parasite infection intensity in a group of Japanese macaques (Macaca fuscata), using both empirical and simulated data. We used social network analysis on data collected over two months on Koshima to relate indices of network centrality to an index of parasite infection intensity (fecal egg counts: FEC). We then ran a series of knock-out simulations to test the effect(s) of missing data on the observed relationship. General linear mixed models showed that social network centrality was positively associated with infection by nodular worm (Oesophagostomum aculeatum) in the complete observed data set but including only subsets of the group (e.g. adult females or random subsets of the group) can yield false negative results; though a juvenile only network retains the positive association between sociality and infection. Results suggest that social interactions or shared proximity can mediate the spread of some intestinal parasites, but researchers that only focus on subsets of their study groups, or where missing data may be an issue, must interpret their results with caution. This work introduces important methodological considerations for research into the dynamics of social transmission, and not just for infectious disease.

  • 緑川 沙織, 時田 幸之輔, 小島 龍平, 平崎 鋭矢
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B11
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    肩甲骨と体幹をつなぐ筋に着目し、チンパンジーとリスザルの腹鋸筋(SV)、肩甲挙筋(LS)、菱形筋(Rh)の筋形態とその支配神経を調査した。これら3筋は、全て肩甲骨内側縁に停止する筋である。SVはチンパンジーで上位11肋骨、リスザルで上位10肋骨程より起始し、肩甲骨内側縁に停止していた。SVの支配神経はチンパンジーでC5-7, リスザルでC6,7であった。LSはチンパンジーでC1-4横突起、リスザルでC1-6横突起より起始し、肩甲骨内側縁の上1/3に停止していた。LSの支配神経は、チンパンジーでC3,4, リスザルでC4,5であった。Rhは、チンパンジー・リスザルともC5-Th4棘突起より起始するほか、リスザルでは後頭骨より起始し肩甲骨上角付近に停止する筋束がみられた。Rhの支配神経にはC4,5が分布し、リスザルにみられる後頭骨起始部にはC3が分布していた。チンパンジーSV・LS・Rhは、筋形態・支配神経ともヒトと類似しており、類人猿に共通した形態であることが示唆される。一方リスザルは、LSの起始頸椎がヒト・チンパンジーよりも多い点、Rhに後頭骨起始部を持つ点が異なる。LSは、カニクイザルやブタ胎仔などでは全頸椎に起始を持ち、リスザルの形態は中間的ともいえる。Rh後頭骨起始部を持つ種は、カニクイザル・マーモセット・ブタ胎仔等がある。この筋は起始停止の位置関係から、四足姿勢において頭部を抗重力的に支持しているものと考える。またリスザルは、各筋の支配神経においてもヒト・チンパンジーとは差異がある。リスザルの支配神経構成はマーモセット(Emura, 2017)と類似しており、広鼻猿の小型霊長類に共通した形態である可能性が示唆される。以上の点について、本年度借用したタマリンの所見を交え議論したい。本研究は京都大学霊長類研究所共同利用研究にて実施された。

  • 西村 剛, 後藤 遼佑, ヘルブスト クリスチャン, 中野 良彦
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B12
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    テナガザル類は,高いピッチで,純音的な大きな音声で朗々と歌う「ソング」とよばれる音声行動で有名である。ヘリウム音声の音響学的分析と数理モデルによる検証により,その音声は,ヒトのソプラノ歌唱と同様に,声帯振動の基本周波数を声道共鳴の第一共鳴周波数に合わせる歌唱法に近い方法でつくられることが示された。本研究は,大阪大学人間科学研究科飼育のシロテテナガザル・メス1個体を対象に,声帯振動の様態を非侵襲的に観測する声門電図(Electroglottograph, EGG)を用いて,発声中の声帯振動を観測することに成功した。EGGは,頸部両側においた電極の間を流れる電流の変化により,両側の声帯の接触面積の変化を計測し,声帯振動を把握する機器である。テナガザルの声帯振動のEGG波形は,ヒトの話しことばとは大きく異なり,正弦波的でソプラノ歌唱的であった。また,その音声は,声帯振動の基本周波数成分が強調されていた。一方で,ソングの最終盤では,基本周波数が一定以上になると,声帯振動の様態が変化し波形が乱れた。つまり,歌声から叫び声へと変化した。テナガザルの声帯や喉頭には,ヒトの歌声をつくる声帯振動に適応的な形態学的特徴が期待される。また,最終盤の叫び声への変化には,声帯の気質的な差異や,発達過程における習熟の程度により個体間で変異があるかもしれない。本研究は,科研費(#16H04848, 18H03503, 19H01002),APART(Herbst)の支援を受けた。

  • 高井 正成, タウン・タイ , ジン・マウン・マウン・テイン , 楠橋 直, 河野 礼子, 江木 直子, 浅見 真生
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B13
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    ミャンマー中部の後期中新世初頭の化石ホミノイド相について報告する。京都大学霊長類研究所の調査隊は2017年3月から開始したマグウェー市南方のテビンガン地域での古生物学的調査において複数のホミノイド化石を発見した。これまでに7標本(上顎骨1点,下顎骨3点,下顎小臼歯1点,上腕骨端2点)が見つかっており,予備的な解析の結果,複数種が含まれていると考えられる。化石は全て現地の村人によって農作業中に発見されたもので,そのほとんどはサンマージー村とインビンガン村の周辺の畑で見つかった。化石の産出層準はほぼ同じで,イラワジ層最下部にあたる。共産する動物化石の組み合わせを南アジアのシワリク相と比較した結果,約900万年前と推測された。見つかっている標本のうち6標本はほぼ同じサイズで,シワリクからみつかっているシバピテクスSivapithecusに近縁な同一種の可能性が高いが,上腕骨遠位部(肘関節)の化石は非常に大型なので別種と思われる。テビンガン地域に近いインセイ地域からは,2011年にフランスの調査隊がコラートピテクスKhoratpithecusの遊離歯化石を報告している。層序的にはテビンガン地域とほぼ同じ層準になるので,後期中新世初頭のミャンマー中部に最低でも3種類の大型ホミノイドが生息していたことが確実である。ミャンマー中部では,後期中新世末までに動物相のターンオーバーが生じたことがわかっている。テビンガンのホミノイド類も,シワリクと同様に後期中新世中頃にモンスーン気候の成立による乾燥化・草原化が進んだ結果,環境変化に適応できずに絶滅したと考えられる。

  • 友永 雅己, 熊崎 清則, Feng Shanshan, Koopman Sarah, Ryckewaert Barbara, Pereir ...
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B14
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    写真刺激を用いた同時弁別課題で、ウマにおける視覚的概念形成の諸相を検討してきた。ウマが写った写真とそうでない写真の弁別から始め、少しずつ「ウマ」のカテゴリーの枠を限定していく形で訓練を行った。最終的には哺乳類の種間弁別(ウマ対ネコ)に到達している。このような概念形成課題においてウマが用いている手がかりと他の種が用いている手がかりとの間の異同を調べるため、チンパンジーを対象に同様の「ウマ概念」形成実験を行った。参加したチンパンジーたちにとってウマは現実世界では見たことがない生物である。このような既知性の差異と自種/他種の違いが弁別行動にどのような影響をおよぼすのかを検討した。その結果、ウマでは当初、空間周波数のパターンなどを手がかりとしていたのが、じょじょに写真に写っている物体の際に注目していくようになったのに対し、チンパンジーでは、訓練当初から写真に写っている物体そのものを手がかりとする傾向が強く認められた。

  • 狩野 文浩
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B15
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    Do nonhuman animals also have a "theory-of-mind", the ability to attribute an unobservable mental state to oneself and another? After decades of research, it is still controversial whether theory-of-mind is uniquely human or shared with nonhuman animals. One of such controversies regards whether nonhuman animals understand others' false-belief, namely that others' behavior is driven by beliefs about reality, even when those beliefs are false. One of the major alternatives to the theory-of-mind account is so-called the "behavior-rule" account, which proposes that animals rely on behavioral cues to predict others' behaviors. This study challenged this alternative using a version of "goggles" test, which asks whether animals could use their own past experiences of visual access to understand an agent's visual perception, without a reliance on any behavioral cues available in the test. This study integrated this paradigm into an established anticipatory-looking false-belief test. Two groups of apes first experienced either opaque barrier or see-through barrier. Both barriers appeared identical in a far distance, but the latter barrier was translucent and could be seen-though in a close distance. Both groups of apes subsequently watched the same video sequence in which an object was displaced in front of an actor while the actor was hiding behind the same barrier. The results showed that apes with an experience of opaque barrier did, apes with an experience of see-through barrier did not, anticipated the actions of the actor who had a false belief, thus supporting the theory-of-mind account in these species.

  • 堀田 里佳, 羽深 久夫
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B16
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    これまで,飼育動物の環境エンリッチメントとして導入されたチンパンジーのタワー上での行動について,空間利用の基本特性・タワー上での動線・タワーへの昇降行動の観点から,分析を行ってきた。その結果,年齢によりタワーの使い方が大きく違うことが明らかとなった。しかしアカンボウ期(0歳~4歳)は,母親の胸にしがみついて離れない0歳から,運動能力も発達し長距離遊動以外は単独行動することの多い5歳近くまでを含み,単一の年齢カテゴリーで扱うことは出来ない。本研究の目的は,アカンボウ期個体の行動の経年変化を分析し,タワーでの行動の違いの観点から,ニュウジ(アカンボウ前期)とヨウジ(アカンボウ後期)の境界時期の設定を行うことである。札幌市円山動物園のメスのアカンボウチンパンジー1個体を対象に,0歳10ヶ月から4歳まで4年間に渡り継続調査を行い,樹上運動(移動・ぶら下がりなどの大きな動き)における要素の使用回数及び付帯項目(居場所・樹上運動の種類・回数・高度差など)について計測した。タワー上部にいる割合・全行動数・行動に占める移動の比率・樹上運動での高度差は,成長に伴い徐々に増加した。地面からタワーへの昇降行動の回数は3歳から急に増加し,4歳では全行動の過半を占めるようになった。また,年齢×要素別使用回数でコレスポンデンス分析を行ったところ,満3歳を境界として要素使用の傾向が大きく変化した。4歳になると全行動数が減少しタワー下部での動きが多くなるなど,コドモ期の行動に近いパターンが現れ始めた。以上のことから,タワー利用の観点からアカンボウ期を前後期に分類する場合,タワー昇降行動とタワー使用要素の傾向が大きく変化する満3歳を境界として,0~2歳をニュウジ,3~4歳をヨウジ,とすることが適当である。なお0歳児は,自力行動が殆ど見られない時期が長く,母親や近しい個体の位置や行動の影響が大きいため,取扱いには注意が必要である。

  • 郷 康広, 辰本 将司, 石川 裕恵, 平井 啓久
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B17
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    合成ロングリードライブラリ作製技術の進歩により,霊長類ゲノムクラス(約3Gb)の新規ゲノム配列を安価に決定できるようになってきた。本研究では,この合成ロングリードライブラリ作製技術を用いて,類人猿の中で属レベルでのゲノム配列の報告がないテナガザル3属(フーロックテナガザル(Hoolock)属,テナガザル(Hylobates)属,フクロテナガザル(Symphalangus)属)の新規ゲノム配列の決定を行った。テナガザル科は属ごとに異なる核型を持ち(Hoolock属:2n = 38,Hylobates属:2n = 44,Symphalangus属:2n = 50,Nomascus属:2n = 52),核型進化の解析の良いモデルとなる。解析の結果,ゲノムのつながりの良さを示すscaffold N50長が,それぞれ27.9 Mb,38.7 Mb,36.7 Mbという良質なゲノム配列を得た。これらの3属のゲノム配列に加えて,すでにゲノム配列の報告があるクロテナガザル(Nomascus)属のゲノム配列(scaffold N50 = 52.9 Mb)を用いて,テナガザル科4属の大規模構造変化・核型進化の解析を行った結果を報告する。

  • 井上 英治, 元廣 歩美, 村山 美穂
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B18
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
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    マカカ属の社会の優劣の表れ方(寛容性の程度)には種間差があり,最も優劣の厳しいGrade1から最も寛容的なGrade4まで4つに分けられている。本研究では,寛容性に影響を与えている遺伝子の候補として,ドーパミンなどを分解する酵素であるカテコール-O-メチルトランスフェラーゼをコードするCOMT遺伝子(COMT)に着目した。COMTのexon4内には,ヒトにおいて非同義置換(Val/Met)を起こす一塩基多型(SNP)(G/A; rs4680)が確認されており,Aアリル(メチオニン)を持つ個体は酵素活性が低く,社会的ストレスに弱くなると示唆されている。本研究では,マカカ属10種のCOMTの解析を行い,COMTの種間差と寛容性との関連について調査した。遺伝解析には,クロザル,ムーアモンキー,トンケアンモンキー,バーバリーマカク,シシオザル,ボンネットモンキー,ベニガオザル,ブタオザル,カニクイザル,アカゲザル,計93個体のDNAを用いた。これらのCOMTの塩基配列の一部を決定し,rs4680のアリル頻度と種群および寛容性との関連について調査した。Gradeによりアリル頻度は有意に異なっており,Grade1の種はAアリル,Grade4の種はGアリルで固定しているのに対し,Grade2および3の種はAとG両方のアリルがみられることがわかった。ヒトでAアリルをもつ個体は社会的ストレスに弱いと示唆されていることから,Grade1の種は社会的ストレスに耐えられないことが寛容性の低さにつながっているのかもしれない。また,種群によりアリル頻度が異なっており,Gradeも種群により異なることが報告されていることから,COMTと寛容性の関連は偶発的である可能性も否定できない。しかし,ニホンザルの種内でも寛容性の程度にCOMTが影響を与えているとの報告も考慮すると,この遺伝子が寛容性に影響している遺伝子の1つである可能性が高いと考えられる。

  • マッキントッシュ アンドリュー, フリアス リエスベス
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B19
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    Understanding the interplay between hosts and parasites is critical because infectious diseases can contribute to declines of endangered species. Parasites are a major part of ecological communities, but because they rely on small, discrete habitats (i.e. their hosts), they are also increasingly threatened by habitat loss and fragmentation. A comparative study using the Global Mammal Parasite Database (GMPD) – a web repository of studies reporting primate-parasite associations – reported in 2007 that threatened primates have less-rich parasite communities. We replicated that study using the recently-released version 2 of the GMPD, published in 2017. Specifically, we predicted a lower diversity and narrower distribution of parasites in threatened hosts, i.e. hosts that represent shrinking and fragmented parasite habitat, particularly in parasites with limited host range (i.e. host specialists). Focusing on helminth and protozoan parasite records in the GMPD and using phylogenetic comparative analyses in a Bayesian mixed-modeling framework, we found weak evidence that parasite richness was lower in threatened primates, but stronger evidence that generalist parasites have disproportionately higher prevalence than specialists in these hosts. Since generalist parasites are also more likely than specialists to negatively impact their hosts, this may represent an additional challenge for endangered species to cope with. We conclude that host endangerment may alter parasite community structure in ways that can put primates at further risk of disease.

  • 早川 卓志, 平田 聡
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B20
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    腸内細菌は食物の消化・代謝を助けるだけでなく、ホストの高次の生理や疾患とも関連している。飼育下動物の腸内細菌叢の構造を把握することは、その動物の基礎的理解だけでなく、健康や福祉の向上において重要である。本研究では、熊本サンクチュアリで飼育されている49個体の成体チンパンジーにおいて、2015年10月から翌年5月にかけて糞便を収集し、16S rRNAの部分塩基配列シークエンシング(V1-V2領域)によって腸内細菌叢を分析した。対象個体は出生年が1970年から99年までで、両性や来歴(野生生まれか飼育生まれかなど)が混在している。大半が西亜種であるが、交雑種や別の亜種も含まれている。そのほか、健康状態、飼育環境、個性、ゲノム配列なども詳細に記録されており、これらの要因が腸内細菌叢と相関するかを検討した。腸内細菌叢は個体内でも時間的に変動するため、22個体においては異なる日に複数回、糞便を収集し、最終的に84サンプルを分析した。一次解析の結果、全サンプルで3021種類の細菌由来の操作的分類単位(OTU:菌の種数を便宜上反映する数値)が検出され、各サンプルは最小114、最大924(中央値681個)のOTUを有していた。これは先行研究で知られる一般的な飼育霊長類が持つOTU数と大差ない。各OTUの豊富度を指標に、サンプル間の類似度をPERMANOVAで検定したところ、同一個体由来サンプルは有意に類似(P<0.05)しており、個体内における菌叢の頑健性を確認した。また性差も確認され(P<0.01)、OTU数は全体的にオスよりもメスの方が高かった。しかし、熊本サンクチュアリの多くのオスは、メスと飼育場所が違うため、これが生物学的な性差に由来するものなのか、飼育環境の違いに由来するももなのか、検証が必要である。今後、塩基配列から同定された菌分類などももちいて、各個体のプロフィールに即して分析し、飼育チンパンジーの腸内環境の基礎的理解や、健康や福祉への貢献の手がかりに繋げたい。

  • 半谷 吾郎, Tackmann Janko, 澤田 晶子, Pokharel Sanjeeta Sharma, Valdevino Gise ...
    原稿種別: 口頭発表
    セッションID: B21
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    近年,野生動物の腸内細菌研究が爆発的に増加し,次世代シーケンス技術を用いて,細菌の種構成が多くの動物種で報告されている。一方,それら腸内細菌種構成変化による生体機能への影響に関しての研究はまだ乏しい。霊長類は,1個体当たり500-1000種程度の腸内細菌を保有しており,その膨大なゲノムが,宿主の生存にどう関係しているかは,たいへんに興味深い問題である。本研究では,異なる食性を持つ屋久島の高地と低地で,ニホンザルの糞試料の中の細菌の発酵能力を,実験的に調べた。2016年5月に,屋久島で26個の新鮮な糞を採取した。糞の懸濁液と,ヒサカキの葉の乾燥粉末をまぜ,二酸化炭素を充填した瓶を密封し,37度で24時間,攪拌しながら発酵させた。高地の糞は,低地に比べ,発酵によって発生するガスの量が多く,発酵の産物である短鎖脂肪酸のうち,酪酸の産生量が,有意に多かった。糞のメタゲノム解析の結果,高地と低地では細菌の種構成が有意に異なっており,細菌のアルファ多様性は低地のほうが高かった。多糖(セルロース,デンプン,キシラン,ペクチン)の分解に関わる遺伝子,およびピルビン酸から短鎖脂肪酸(酢酸,酪酸,プロピオン酸)への合成に関わる遺伝子,合計38遺伝子のコピー数を比較したところ,高地で有意に多い遺伝子がひとつだけあった。代謝経路(KEGGのpathway)レベルで比較すると,低地でglycogen biosynthesis IおよびD-galacturonate degradation Iが多くなっていた。これらの結果は,葉を多く食べる屋久島高地と,果実をより多く食べる屋久島低地の食性の違いが,腸内細菌の種構成と機能の違いと相関していることを示している。葉を多く食べる地域では,腸内細菌も葉の消化(発酵)能力が高いものが多くなり,宿主であるニホンザル自身による,唾液や胃液中の消化酵素,および咀嚼による消化をたすけるはたらきを,腸内細菌が担っていることが示唆される。

ポスター発表
  • 櫻屋 透真, 荒川 高光
    原稿種別: ポスター発表
    セッションID: P01
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    骨格筋の支配神経の詳細な解析は,骨格筋の分類における1つの手法であり,骨格筋の系統発生を調査する指標となりうる。腓腹筋,ヒラメ筋,足底筋の形態は霊長類の各種で異なり(Hanna et al., 2011), その支配神経において,とくにヒラメ筋の支配神経に種間の相違が観察されている。すなわち,ヒトではヒラメ筋に前方から入る枝が全例観察されるが,チンパンジーでは約半数例でしか観察されず,マカク類ではその様な枝は観察されない。しかし関谷(2017)は驚くべきことに,系統分類上ヒトと最も遠い関係にある霊長類のキツネザルのヒラメ筋に,前方から入る枝が存在したと報告している。ヒトとキツネザルに共通する形態から,霊長類の下腿屈筋群における系統発生学的考察が可能ではないかと考え,ヒトとキツネザルの下腿屈筋群全体を包括的に,支配神経の観点から比較した。神戸大学医学部解剖学実習用遺体3体3側,ワオキツネザル1体2側の下腿屈筋群と脛骨神経を一括で摘出して神経束解析を加え,支配神経の分岐パターンを比較した。ヒトの足底筋枝は,内側面へ入る1本のみであった。ヒラメ筋枝は2本存在し,前面に入る枝(HS1),後面に入る枝(HS2)があった。足底筋枝とHS1は共同幹を形成した。ワオキツネザル足底筋には近位後面に入る枝(P1),それよりも遠位から前面に入る枝(P2)の2本があった。ヒラメ筋には前面中央部に入る枝(LS1),後面近位内側に入る枝(LS2),前面近位内側に入る枝(LS3)の3本があった。このうちLS2とLS3は共同幹を形成し,腓腹筋枝から分岐した。LS1はP2と共同幹を形成し,腓側趾屈筋枝から分岐した。神経束分岐パターンから,キツネザルヒラメ筋枝LS1はヒトのHS1,LS2・LS3はヒトのHS2に相当し,キツネザル足底筋枝のうち,P2がヒトの足底筋枝に相当すると考えられる。支配神経から見て霊長類のヒラメ筋と足底筋にはそれぞれ2つの部分があり、系統発生の過程で消失するか遺残して形成される可能性が示唆された。

  • 小池 魁人, 時田 幸之輔, 小島 龍平, 平崎 鋭矢
    原稿種別: ポスター発表
    セッションID: P02
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    大腿二頭筋短頭支配神経の形態的意義を考察する目的で、ゴリラ(霊長類研究所→県立新潟看護大関谷教授Gg-VII) 1側、霊長類研究所のニホンザル(KUPRI 7704Mff)1側、リスザル(020523-01)2側について肉眼解剖学的観察を行った。ゴリラ大腿二頭筋は長頭と短頭に分かれ、長頭には坐骨神経(Ish)の脛骨神経部(Ti)、短頭にはIshの総腓骨神経部(F)からの枝が進入していた。また坐骨結節から起始し、大腿骨後面に停止する筋が存在し、支配神経は下殿神経(Gi)であった。仙骨神経叢において、二頭筋長頭枝はTi本幹より腹側に位置した。短頭枝はF本幹の背側、Giと同じ層に位置し、短頭枝から分枝し付近の骨膜に分布する神経はFの背側でGiより腹側に位置していた。ニホンザルの大腿後面外側に位置する筋は、坐骨結節から起始し腸脛靭帯、腓骨頭および下腿筋膜に停止する筋のみであり、起始部付近にはIshの Tiが進入し、下腿筋膜停止付近にはIshの Fからの枝が進入していた。しかし、筋枝はTiからの枝のみで、Fからの枝はこの筋を貫く皮枝となっていた。仙骨神経叢でのこの筋を支配するTiからの神経はTi本幹より腹側から分枝していた。Fからの枝はF本幹より背側、Giより腹側に位置した。リスザル大腿後面外側にはニホンザルと同じ起始停止を持つ筋が存在した。この筋の内側に大殿筋から起始し下腿筋膜に停止する筋(G-F)が存在した。この筋は IshのFからの枝によって支配され、この枝はGiと同じ層序に位置した。リスザルG-Fおよびゴリラ二頭筋短頭を支配する筋枝はGiと同じ層序に位置し、2つの筋は近い筋であることが示唆された。ゴリラで骨膜に分布する知覚枝とニホンザルでFから分枝する皮枝の層序はF本幹とGiの間に位置していた。ニホンザルでFから分枝する皮枝の経路はゴリラでも骨膜に分布する知覚枝として存在し、短頭枝はGiと同じ層序に位置する神経がこの経路を利用したものであることが示唆された。本研究は京都大学霊長類研究所共同利用研究にて行われた。

  • 江村 健児, 荒川 高光
    原稿種別: ポスター発表
    セッションID: P03
    発行日: 2019年
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    我々はこれまで,コモンマーモセットやニホンザルにおいて浅指屈筋の筋束構成と支配神経を調査し,筋束構成は種によって異なるが,支配神経パターンには共通性があることを明らかにした(江村ら,2015,2017)。今回我々は新世界ザルのリスザル(Saimiri sciureus)2体2側(右1,左1)とクモザル(Ateles sp.)1体2側の浅指屈筋を対象とし,起始・停止,支配神経を観察した後,浅指屈筋を支配神経ごと摘出して支配神経の筋内分布パターンも調査した。所見はスケッチとデジタル画像にて記録した。観察の結果,リスザルの浅指屈筋の大部分は内側上顆から起始していた。クモザルの浅指屈筋は内側上顆と尺骨体の近位半から起始し,第2指と第5指に停止腱を出す筋腹が主に尺骨から起始した。リスザル,クモザルとも浅指屈筋は屈筋支帯より少し近位で4本の停止腱となり,停止腱はそれぞれ二又に分かれて第2指から第5指の中節骨に停止した。両種とも,浅指屈筋の深層から分かれた扁平な筋束が深指屈筋の橈側部に合流した。またリスザルではこの筋束よりも尺側に,浅指屈筋の深層から分かれて深指屈筋に合流する移行腱が見られ,この移行腱から,第5指へ停止腱を出す筋腹の全てと第2指へ停止腱を出す筋腹の一部が起始した。リスザルでは浅指屈筋の近位尺側の一部は尺骨神経の支配であり,他の部分は正中神経の支配であった。クモザルのうち1側では浅指屈筋の近位部が尺骨神経に支配され,それ以外の部分は正中神経の支配であった。もう1側では浅指屈筋全体が正中神経の支配であった。支配神経の筋内分布はリスザル,クモザルとも第3指への筋腹に入る正中神経の枝が筋内を進んで第4指と第5指への各筋腹に至るというパターンをとり,これは過去に報告したコモンマーモセットやニホンザルでの所見とも共通していた。本研究は京都大学霊長類研究所の共同利用・共同研究として実施された。姫路獨協大学動物実験委員会承認番号H30-02。

  • 中野 良彦
    原稿種別: ポスター発表
    セッションID: P04
    発行日: 2019/07/01
    公開日: 2020/03/21
    会議録・要旨集 フリー

    チンパンジーの行う垂直木登り運動の年齢的変化を記録する目的で,ビデオ撮影による継続的な運動観察を行った。撮影記録は年2回,12年間継続したが,その観察期間中に複数のメス個体が出産し,子どもをつれた状態で垂直木登り運動を行った。本研究では,そのメス個体の木登り時の運動や子どもの姿勢について報告する。垂直木登りを行わせるポールは直径15cmの木製で,各個体は飼育担当者の指示により,定期的にこのポールでの木登り運動のトレーニングが行われていた。観察時にはリード等による牽引はなく,各個体の自発的な運動が行われた。対象となったチンパンジーはTsubaki(母)とNatsuki(仔),Mizuki(母)とIroha(仔)の2組で,母子が一緒の木登りはNatsuki が5ヶ月齢,10ヶ月齢,1歳5ヶ月齢,1歳10ヶ月齢の4回,Irohaが3ヶ月齢,8ヶ月齢,1歳4ヶ月齢の3回,それぞれ観察された。いずれの観察においても,母個体が上肢で子どもを支えることはなく,子どもが母個体をしっかりと把持していた。どちらの母子ペアも出産後最初の観察では子どもは母個体の背側腰部に上肢で母個体の体毛をしっかりとつかみ,下肢は腰部を挟むようにしていたが姿勢を保持するには不十分であった。Natsuki は10ヶ月齢を過ぎると,体毛を指でつかむのではなく,母個体の胴体部をしっかりと手掌部でつかむようにして密着していた。最後に観察された1歳10ヶ月齢では,胴のやや上部や肩につかまっている試行も見られたが,腹側につかまった試行は一度も観察されなかった。それに対してIroha は8ヶ月齢の観察時に背側と腹側の両方の試行が見られ,1歳4ヶ月齢では,すべての試行で腹側に位置していた。こうした姿勢の変化は,主要因として一般的に子どもの運動や神経系の発達と関連していると考えられるが,個体差については他の要因が関連している可能性もある。

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