霊長類研究 Supplement
第37回日本霊長類学会大会
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口頭発表
屋久島のニホンザルにおける抱擁行動の文化的群間変異
中川 尚史半沢 真帆澤田 晶子藤田 志歩田伏 良幸杉浦 秀樹
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p. 32

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抄録

ニホンザルの抱擁行動は,ある個体群とない個体群があり,前者の間でも行動パタンに変異が認められることから,旧世界ザルとしては初めての社会的慣習であることが明らかとなった。屋久島西部個体群は,金華山島個体群と異なり体は揺すらない代わりに相手の毛を掴んだ掌の開閉運動を伴い,抱きつく方向も腹側のみならず体側から,あるいは背面から行われることが知られている(Nakagawa et al. 2015)。しかし社会的慣習ならば,同一個体群内においても群れによって抱擁行動の頻度やパタンに変異があったり,さらには抱擁行動のない群れがあることも予想される。本研究は,屋久島西部域に生息する複数のニホンザル群の観察を通じて,抱擁行動の頻度とパタンの群間変異を明らかにすることを目的に行った。調査は,2019年3月,8月,2020年3月,2021年3月の4度行った。原則終日群れ追跡し,抱擁行動が見られたら参与個体の性・年齢クラス,抱擁の方向(対面,体側,背面など)などを記録した。1日1時間以上,かつ合計30時間以上追跡できた7群を分析対象とすると,抱擁が観察されなかった群れはなかった。しかし,主な抱擁の参与者であるオトナメスの抱擁頻度が,群れのオトナメス数に関わらず極端に低い群れが認められた。抱擁の方向については,Nakagawa et al.(2015)が報告している3方向以外の型が確認され,こうした方向の多様性はオトナメスの抱擁頻度が高い群れで認められる傾向があった。他方,未成熟個体の抱擁の方向は概ね対面型であり,オトナメスの抱擁に比べ多様性が低かった。以上のことから抱擁は,成長につれて多様な方向からの抱擁を学習していることが示唆されるものの,群れによっては主たる参与者であるオトナメスが抱擁をほとんどしないと群れ内に伝播していかないと考えられた。また,金華山島の抱擁と異なり回数は少ないながらオトナオスの抱擁も観察され,西部個体群内の群れ間伝播に寄与しているものと推察された。

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