抄録
本研究は,1948年に刊行された『保育要領』作成において,責任者であるGHQ/SCAP,CI&Eヘレン・ヘファナンの信頼を得て尽力した功刀嘉子の保育論を検証することを目的としている。1944年に刊行された彼女の著書にある保育環境論は,『保育要領』にも反映されている。著書を中心に彼女の保育論を描出し,戦前におけるナースリー・スクールの保姆としての実践やアメリカ留学による保育の先見性をもつ視点を明らかにした。通訳者として認識されてきた功刀嘉子は,先見性のある自身の保育論をもち,ヘファナンのよき理解者として戦後の教育改革期に幼児教育にとどまらない役割を果たしたことをCI&Eレポートにより確認した。