花街は、日本の伝統文化を包括的に継承する場である。本研究の対象とする祇園は現在も多くのお茶屋(以前の貸座敷)が存在し、石畳の格調高いたたずまいが観光客に人気である。しかし、近年お茶屋の数は減少し花街本来の姿は変化しつつある。本研究の目的は、戦前の祇園を対象に存存する史料を基に可能な限り貸座敷の分布を調査し、最盛期の花街の姿を明らかにすることである。結論として、祇園には貸座敷と小方が満遍なく配置されていた。また、芸妓や娼妓については、両者が所属する置屋が祇園全体に存在した。そして、祇園甲部に芸妓と娼妓は万遍なく分布していた。