キルケゴールは、すべての人を平等に愛する隣人愛と特定の他者に愛情を向ける恋愛・友情を鋭く対立させる一方で、他者の個性を愛することと隣人愛は両立すると考えている。本論文では、この一見矛盾するキルケゴールの主張を整合的に解釈することを試みる。
第一章では、隣人愛と恋愛・友情の両立可能性に関する従来の研究を概観しながら、その問題点を整理する。第二章では、他者を特徴づけるものには、他の人間との比較によって与えられる差異性と、神から与えられる個性の二種類があることを示す。第三章では、キルケゴールが隣人愛と対比させ批判しているのは差異性に基づく愛であり、個性に基づく愛は隣人愛と調和することを論証する。また、キルケゴールの隣人愛の持つ平等性は、すべての人間を愛の対象に入れるというよりも、すべての人間をバラバラの単独者として独立させておく性質のものであるということを示す。