抄録
【目的】膝立ちや膝歩きは立位と比べ身体重心が低く、足関節の影響を除外するという特徴を持っている。また膝関節を屈曲した状態で股関節をコントロールする点で、選択的な股関節伸展を促通するための有益な姿勢であるともされており、教科書的にも「膝歩き」が運動療法の一つとして紹介されている。しかしその動作特性に関する報告は少ない。我々は膝歩きの運動特性の解析を目的に研究を行い、第25回東海北陸理学療法学術大会にて膝歩きの骨盤の可動域と筋活動量、重心移動についての報告を行った。今回は膝歩きにおける胸部・体幹の可動域についての動作特性を明らかにすることを目的とした。
【方法】対象の健常者24名(22±2歳)に3次元動作解析装置用マーカーを身体の35ヶ所に貼付し、歩行、膝歩きを3回ずつ計測した。歩行と膝歩きはケーデンスを統一し、右側の初期接地から再び右側を接地するまでの1 歩行周期を100%に換算した。歩行時と膝歩き時の胸部・体幹の可動域の変化量を解析し比較を行った。なお、胸部は絶対座標、体幹は胸部と骨盤角度の相対値で表記した。統計処理には対応のあるt検定を使用し、有意水準は5%とした。本研究は名古屋大学医学部生命倫理委員会の承認を得て、対象者には研究の概要、利益・不利益、個人情報の保護について十分な説明を行い、同意を得た後に実施した。
【結果】可動域の平均変化量±標準偏差は、胸部においては歩行では前後傾3.4±1.0°、側屈3.1±1.3°、水平回旋6.0±2.3°、膝歩きでは前後傾4.2±0.9°、側屈5.0±2.2°、水平回旋9.6±3.5°であり、前後傾、側屈、水平回旋で膝歩きの方が有意に大きかった。
体幹において歩行では前後傾3.4±1.1°、側屈13.0±3.6°、水平回旋12.8±3.4°、膝歩きでは前後傾8.4±1.8°、側屈11.7±3.7°、水平回旋22.3±4.3°であり、前後傾、水平回旋角度で膝歩きの方が有意に大きかった。側屈角度では有意差はなかった。
【考察】先行研究により、膝歩きは歩行と比べて骨盤前後傾・水平回旋角度が有意に大きく、側屈では歩行の方が有意に大きく、左右への重心移動の大きさは膝歩きの方が有意に大きいと報告している。
胸部前後傾は骨盤前後傾と反対方向への動きをしていたため、増大した骨盤の前後傾と反対に動くことでバランスを保っていることが考えられた。
胸部側屈可動域の増大については左右方向への重心移動が大きく、バランスを保つために立脚側と反対側への側屈が見られると考えられた。水平回旋可動域増大については骨盤水平回旋角度が膝歩きでは有意に大きく、それに対応する形で反対方向の回旋角度が有意に大きくなっていることが考えられた。
体幹の関節可動域については胸部と比べて骨盤の角度の方が大きく動いているため、骨盤の動きと類似していた。
歩行時の体幹・骨盤の動きは下肢の働きにともなって二次的に起こるとされており、胸部の動きは下肢に近い骨盤の影響を強く受けている。膝歩きでは歩行と比べて骨盤の可動域、左右への重心移動距離が大きくなっており、胸部の可動域も有意に大きくなったことが考えられた。
膝歩きは高齢者など歩行時の胸部・体幹可動域が小さい患者に対して、胸部・体幹の動きを促す運動として適している可能性がある。
【まとめ】歩行と比べて膝歩きは、胸部において前後傾、側屈、水平回旋の可動域が有意に大きく、体幹において前後傾、水平回旋の可動域が有意に大きい。その要因としては膝歩き時の骨盤の可動域が大きいこと、左右への重心移動が大きいことが考えられた。