抄録
【目的】静脈血栓塞栓症(以下,VTE)は,整形外科などの手術後の重篤な術後合併症であり,致死率が高いため予防が重要とされる.日本整形外科学会の静脈血栓塞栓症予防ガイドラインでは,長時間の車椅子座位は,下腿の静脈血流を低下させ血栓形成を生じるとしており,予防のために立ち上がりや歩行運動することを推奨している.しかし,VTE発症リスクの高い術後早期の患者は,疼痛や荷重制限などから歩行が困難であることが多く,車椅子座位を主たる移動手段とせざるを得ない.つまり,VTE発症のリスクが高い反面,推奨の予防運動を行うことが出来ず,反対に血栓形成のリスクが高い移動手段を選択する必要があるという矛盾を抱える.そのため,術後早期のVTEを予防するためには,車椅子座位のまま簡便に下腿静脈血流(以下,下腿血流)を改善させる方法を検討する必要があると考えるが,先行研究のほとんどが背臥位での報告であり,車椅子座位で検討した報告はみられない.
今回の研究は,背臥位での先行研究で下腿血流の改善に効果的とされる,足関節自動底背屈運動(以下,パンピング),足型間欠的空気圧迫法(以下,フットポンプ),下腿型間欠的空気圧迫法(以下,カフポンプ)が車椅子座位保持時においては,下腿血流にどのような影響を及ぼすかを明らかにすることを目的とした.
【方法】対象は,内科的,運動器的に機能障害のない健常成人11名(性別:男性8名,女性3名).年齢25.2±8.3歳.身長168.3±8.5cm.体重63.1±8.3kg.なお,被検者には,本研究の趣旨を十分に説明し,研究参加への同意を得た.
パンピング,フットポンプ(小林製薬社製AVインパルス),カフポンプ(原田産業社製WizAir DVT)の3つの血流改善方法それぞれで,安静時と介入後の左側大伏在静脈の血流速度を,デジタルカラー超音波画像診断装置(メディソン社製),プローブは7.5MHzリニア深触子を用いて測定した.血流速度の評価は,先行研究で多用されている静脈血収縮期最高血流速度(以下,PSV)をパルスドプラ法にて測定した.なお血管径の変化を防ぐため,ゲル層を厚くし皮膚に直接プローブが接触しないように配慮した.
測定環境は,室温約23℃,湿度約50%とし,車椅子は標準型車椅子(酒井医療社製)を用い,被検者には半ズボンを着用させ,両側ともに裸足にした.
統計処理は,各方法で安静時と介入後のPSVの比較にWilcoxonの符号順位検定を用いた.また,安静時PSVからの変化率を求め,一元配置分散分析にて有意差を認めた場合,各方法間の比較に多重比較検定のGames-Howell法を用いた.なお,いずれも危険率5%未満を有意水準とした.
【結果】パンピングのPSVは安静時3.1±1.0cm/sec,介入後12.6±8.6cm/secであった.フットポンプのPSVは安静時3.1±1.0cm/sec,介入後7.5±3.7cm/secであった.カフポンプのPSVは安静時3.0±0.8cm/sec,介入後5.3±1.9cm/secであった.全ての方法で,介入後のPSVは有意に増加していた(P<0.01).PSVの変化率は,パンピングが379.1±188.3%,フットポンプ が247.3±127.3%,カフポンプが179.3±53.6%であり,パンピング,フットポンプ,カフポンプの順に高値を示した.パンピングとカフポンプの間に有意差を認めた(P<0.05)が,それ以外では有意差を認めなかった.
【考察】背臥位での先行研究と同様に,車椅子座位保持時でもパンピング,フットポンプ,カフポンプは,下腿血流を改善させ,VTE予防に効果的であることが示唆された.また先行研究などで,PSV改善に最も効果的とされるパンピングは,車椅子座位保持時でも最もPSVの変化率が高く,VTE予防の第一選択となると考えられる.しかし,パンピングを用いる場合には,患者の理解力や行動力が必要であり,患者の状態に応じて,フットポンプやカフポンプのような受動的血流改善方法の使用を検討する必要がある.背臥位での先行研究では,カフポンプのほうがフットポンプより効果的であるとされる研究が多いが,車椅子座位保持時では,フットポンプのほうがPSVの変化率が大きい傾向がみられた.これは,肢位によって静脈血が貯留する部位が異なることが影響していると考えられ,車椅子座位では足部が身体で最も底位となるため,足底静脈叢への血液貯留が多くなると考えられる.そのため,足底静脈叢を直接圧迫するフットポンプの方がカフポンプに比べPSVの変化率が大きくなったと考えられる.
【まとめ】車椅子座位保持時にパンピング,フットポンプ,カフポンプを用いることは,VTE予防に効果的であり,中でもパンピングが最も効果的であると考えられる.また,間欠的空気圧迫法では,カフポンプよりもフットポンプの方が有効である可能性が高いと考えられる.