抄録
【はじめに】
変形性膝関節症による下肢のアライメント不良は,体幹の支持機能の低下を引き起こし,不良姿勢や代償動作を繰り返し動作パターンとして定着する.さらに,人工膝関節全置換術(以下,TKA)施行により関節機能が改善した後においても術前の動作パターンでの動作遂行が観察されることがある.今回,変形性膝関節症によりTKAを施行したが,術前の動作パターンが改善されない症例を担当した.そこで,動作パターンの改善を目指し,体幹安定性獲得に対して理学療法を展開した.その結果について若干の考察を含め,以下に報告する.
なお,今回の報告にあたり症例本人へ紙面及び口頭にて説明の上,同意を得た.
【症例紹介】
80歳女性.診断名は変形性膝関節症.60歳代後半より両膝関節に疼痛を認め,70歳にて左TKA施行.平成22年1月より右膝関節疼痛増悪.同年9月右TKA施行.
【理学療法評価】
関節可動域検査(右/左)膝関節屈曲100°/105°伸展-5°/0°.徒手筋力検査,右下肢3レベル,左下肢4レベル.右膝関節については,術創近位部に癒着が認められ,膝蓋骨の可動性の低下が認められた.外側広筋,大腿筋膜張筋の滑走性の低下も認められた.筋緊張については,梨状筋,大腿直筋,ハムストリングス,大腿筋膜張筋,下腿三頭筋において亢進が認められた.胸郭においては,胸骨下角の狭小化が認められ,呼吸パターンは胸式呼吸優位であり,腹式呼吸への切り替えが困難であった.立位姿勢は,胸椎後彎増大,骨盤後傾,左回旋,両膝関節屈曲位(右>左)であり,腰背部の筋緊張が亢進しており,腹筋群の筋緊張低下が認められた.座位・立位における重心移動においては,体幹の立ち直りが出現せず,上部体幹からの重心移動であり,体幹の側屈が出現し,体幹アライメントの崩れが認められた.また,下肢伸展挙上時に骨盤の固定が困難であり,骨盤後傾が観察された.以上より,歩行についても全歩行周期を通して左右への重心移動が大きく,右立脚中期に体幹右側への傾斜,右立脚後期において股関節伸展の減少などの体幹不安定性・下肢の協調性の低下が観察された.
【理学療法】
最初に,体幹の安定性獲得を目的に,肋間と骨盤の可動性を引き出し,腹筋群の賦活を図り自動運動への変換行った.また,体幹・下肢との協調的な運動を臥位から座位・立位へと展開した.
さらに,体幹の立ち直り,抗重力活動の獲得を目的に,骨盤と体幹の協調的な活動により腹筋群の収縮を保持した状態での重心移動の再構築を図った.また,立位においても同様に筋収縮を保持した状態で,下肢の運動を行うことで,動作・歩行へと展開した.
【結果】
約1ヶ月間の理学療法により,関節可動域,徒手筋力検査において著変は認められなかったが,胸郭において胸骨下角の狭小化の改善が認められ,胸式呼吸から腹式呼吸への変換が可能となった.また,腹筋群の筋活動が認められ、胸椎後彎,骨盤後傾位が軽減し,体幹伸展保持が可能となった.そのため,体幹アライメントが改善し,体幹の抗重力活動の獲得,体幹の安定性獲得につながった.座位・立位における重心移動については,体幹の立ち直りが認められた.歩行においても左右への重心動揺が減少し,立脚中期に体幹の側方傾斜の改善,立脚後期における股関節の獲得が可能となり,歩幅の拡大が認められ体幹が安定し下肢との協調的な動作が獲得された.
【考察】
本症例は,腹筋群が賦活され難く,歩行や動作時に体幹の不安定性を有した動作パターンであった.体幹の不安定性を有した状態で動作を遂行繰り返すことで,体幹と下肢を過剰に連結させ,体幹の不安定性を下肢にて代償する動作パターンが構築されたと考える.この動作パターンの定着により,TKAにより膝関節機能が改善され,下肢の良好なアライメントが獲得された後においても動作に支障をきたしていたと考える.理学療法により,体幹アライメントが改善されたことから,腹筋群の筋活動が認められ,体幹・下肢の固定的な姿勢保持から腹筋群の筋活動を伴った,動作パターンの再構築が可能となった.さらに,腹筋群が賦活されたことにより,動作における体幹の安定性が獲得されたと考える.これにより,歩行においても体幹,下肢の協調性が改善し立脚後期における股関節伸展が出現し,歩容の改善につながったと考える.
【まとめ】
TKA後の理学療法において,体幹の安定性が獲得され,下肢との協調的な運動が可能となり動的安定性の向上につながった.さらに,関節機能改善のみならず動作パターンの再構築を図ることにより,TKAにより改善された関節機能を効率的に活動させた動作遂行が可能となることがわかった.