抄録
ヒトにおける薬物代謝の性差は,医薬品の薬効や毒性の性差の原因になる可能性があるので,重要であると考えられるが,ラットほどには詳細に研究されていない.ヒトには性差がないと考えられてきたからかもしれない.しかし,ヒトにおいても薬物代謝の性差があるという報告は少なからずある.我々はラットの性差が,雌雄のラットにそれぞれ特異的なチトクロームP450(雄でCYP2C11,メスでCYP2C12)が発現しているために引き起こされることを見いだした.ラットほど明確ではないものの,ハムスターやサルにおいても分子種によっては性差が見られることを見いだした.したがって,詳細に調べればラットやマウス以外の動物においてもチトクロームP450の発現に性差がある可能性があると考えられた.
この性差はラットを去勢したり,エストラジオールを投与するとメス型のCYP2C12が,テストステロンを投与するとオス型のCYP2C11が発現したことから,発現が性染色体によって決められているのではないことが分かった.また,これらのチトクロームP450の発現は性ホルモンによって直接調節されているのではなく,成長ホルモンの分泌パターンによって調節されていることも見いだした.また,発現調節機構について種々検討した結果,雄性ラットでは CYP2C12 遺伝子の発現制御領域が凝縮したクロマチン構造であるため,転写因子が DNA に接近できず,CYP2C12 遺伝子を活性化できない可能性が示唆された.今後,他の動物種でも同じようなメカニズムで他の動物でもチトクロームP450の発現が調節されているのか否か,また年齢差も同じようなメカニズムで現れてくるのかなど検討することは非常に意義深いことと思われる.