抄録
メチル水銀は中枢神経系に対して選択的な毒性を示し、知覚障害、運動失調、視野狭窄や聴力障害など、様々な中枢性の症状を引き起こすことが知られているが、その発症メカニズムはほとんど解明されていない。私たちは、核磁気共鳴画像法(MRI)を用いて、メチル水銀を投与したマウスの脳の形態、および、T1強調画像のシグナル強度を網羅的に調べたところ、下丘神経核のT1シグナルが増大していることが明らかとなった。下丘神経核は聴覚伝導路の一部であり、蝸牛で感知した聴覚刺激を大脳皮質聴覚野に伝える中継核である。そこで、本研究では、メチル水銀の聴覚伝導路への影響について、下丘神経核に着目して調べた。
4週齢の雄性ICRマウスに4mg/kgの用量でメチル水銀を毎日投与した。投与2週間後、および、4週間後のマウス聴覚を聴性脳幹反応により測定したところ、メチル水銀投与4週間のマウスにおいて、外側毛帯から下丘への伝達が有意に遅延していた。このとき、下丘の音圧閾値を測定したところ、メチル水銀投与群で閾値が有意に増大していた。マンガン増強MRIを用いて下丘機能を測定したところ、40kHzで24時間聴覚刺激を行った後の下丘の神経活動が低下していることが明らかとなった。下丘では、浮腫、炎症性サイトカインの発現変化、および、TUNEL陽性細胞は認められない一方、glial fibrillary acidic proteinシグナルの増加と脂質過酸化の増大が認められた。さらに、抗酸化薬であるα-トコフェロールを300mg/kg/dayの用量でメチル水銀と共に投与すると、聴覚異常が改善され、さらに、マンガン増強MRIで検出された下丘機能の低下が抑制された。
以上の結果から、メチル水銀は、マウスの聴覚障害と下丘の神経機能異常を引き起こすことが明らかとなり、さらに、メチル水銀により下丘で生じる酸化ストレスが、聴覚障害の一因となると考えられる。