抄録
【目的】アクロレインは極めて強い親電子性物質であることからタンパク質と容易に反応し、脂質過酸化最終産物であるNε-(3-formyl-3,4-dehydropiperidino)lysine(FDP-lysine)を生成する。FDP-lysineは、動脈硬化巣においてその存在が認められることから、動脈硬化発症の危険因子として注目されている。しかしながら病態の発症および進展におけるFDP-lysineの作用機序については、ほとんど明らかにされていない。そこで本研究では、動脈硬化発症に関与する組織因子(tissue factor: TF)およびプラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1(PAI-1)に対するFDP-lysineの影響について検討をおこなった。
【方法】アクロレインおよびNα-acetyl-lysineを37℃、24時間暗所で反応させ、反応終了後、FDP-lysineをHPLCにて精製した。FDP-lysineの化学構造はLC-MSで確認し、凍結乾燥後、ELISA法により濃度を決定した。FDP-lysine処理したヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞(HUVEC)におけるPAI-1およびTFのmRNA発現をRT-PCR法で、タンパク質量の発現をwestern blot法により評価した。
【結果および考察】HUVECにおけるPAI-1およびTFのmRNAおよびタンパク質の発現量は、10 µM以上のFDP-lysine処理によって濃度依存的な増加が認められた。この誘導は、陽性対照群であるリポポリサッカライド処理群とほぼ同等の発現強度を示し、Nα-acetyl-lysine処理群では認められなかった。一方、組織型プラスミノーゲンアクチベーターの発現は、FDP-lysine処理によって濃度依存的な減少が認められた。さらに、フィブリンザイモグラフィーによる解析の結果、FDP-lysineで処理した血管内皮細胞上清中の線溶活性の低下が認められ、クロモジェニックアッセイによる解析の結果、血管内皮細胞表層の活性化第X因子の増加が認められた。これらの結果から、FDP-lysineは血管内皮表層を凝固促進性に傾ける可能性が示唆された。