【背景及び目的】がん細胞では細胞増殖に必要なエネルギー産生のために代謝リプログラミングが生じる。これまで我々は、遺伝毒性の有無による発がん機序の違いを明らかにする目的で、肝臓を例として代表的な遺伝毒性肝発がん物質 (GHC) と非遺伝毒性肝発がん物質 (NGHC) の各1剤を用いて、ラットに対する反復投与により、肝臓における解糖系及びグルタミン代謝関連分子の発現反応性が異なることを見出している。本研究では、他の複数のGHCないしNGHCを用いて、これら代謝分子の反応性を比較・検討した。
【方法】ラットにGHC 3剤(アフラトキシンB1、N-ニトロソピロリジン、カルバドックス)、NGHC 2剤(チオアセトアミド及びメタピリレン)の発がん用量を28日間ないし90日間反復投与し、代謝関連分子の肝臓におけるmRNA発現とGST-P陽性前がん病変における免疫組織学的分布を検討した。
【結果及び考察】酸化的リン酸化(OXPHOS)関連遺伝子は、28日目からGHC群及びNGHC群ともに発現減少したが、ミトコンドリアATP合成酵素ATP synthase subunit beta (ATPB) 陰性巣数はNGHC群で増加した。NGHC群では解糖系の抑制を介してOXPHOSを下方制御するTigarの発現が増加し、OXPHOSの抑制に関与する可能性を示した。非腫瘍細胞で発現する解糖系酵素遺伝子Pklrは28日目からNGHC群で発現減少し、PKLR陰性巣数はNGHC群で増加した。一方、NGHC群では、発がんに伴い発現増加する解糖系酵素Pkmの発現は90日目で増加しており、PklrからPkmへのシフトが生じていた。GHC群では28日目からPkmの発現は増加し、PKM2及びglucose-6-phosphate 1-dehydrogenase (G6PD) 陽性巣数は増加した。PKM2及びG6PDは核酸を合成するペントースリン酸回路の活性化に関与している。グルタミン代謝関連遺伝子は28日目からGHC群及びNGHC群ともに増加した。以上より、肝発がん物質の遺伝毒性の有無により、解糖系の分子機序は異なる可能性が示唆された。