日本毒性学会学術年会
第46回日本毒性学会学術年会
セッションID: SY1
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特別賞・学会賞・佐藤哲男記念賞・奨励賞受賞者講演
分子-組織-行動レベルの統合的アプローチによる発達神経毒性研究
*木村 栄輝
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抄録

 胎児期を中心とした初期の発生・発達段階における環境要因が、出生後の健康状態および疾患発症に影響を及ぼすというDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)学説が広範な医学分野で受け入れられつつある。重金属、ダイオキシン類、農薬などの環境化学物質の経胎盤・経母乳曝露による子(仔)の高次脳機能への影響が疫学研究や動物実験から報告されており、発達神経毒性における影響評価法の改良やメカニズムの解明が重要である。発生・発達段階の脳では、特定の部位で産生されたニューロンが目的地へと移動し、そこで神経突起を伸ばすことで神経回路を構築していく。近年、細胞移動や突起伸長の僅かな異常が発達障害の原因となる可能性も指摘されて始めており、発達神経毒性の理解を深める上で有用な指標と考えられる。

 演者らは、先ずGFPを発現するニューロンをもつThy1-GFPマウスを用いて、ダイオキシン(TCDD)の経胎盤・経母乳曝露がニューロンの微細形態に与える影響を調べた。妊娠マウスにTCDDを経口投与し、発達段階の産仔の脳組織切片を作製して顕微鏡下でニューロン形態の三次元再構築を行ったところ、曝露マウスの海馬および扁桃体のニューロンにおいて樹状突起の長さに変化が認められた。曝露マウスの脳を用いてマイクロアレイならびに定量PCRによる遺伝子発現解析を行ったところ、突起伸長を制御することで知られるセマフォリン遺伝子群の発現増加が確認された。この発現増加は肝臓や肺など他の臓器では観察されず、TCDD曝露による脳特異的な影響であることも判明した。

 TCDDはアリール炭化水素受容体(AhR)を活性化して下流シグナル伝達経路を誘導する。そこで、活性化AhRが発生・発達段階のニューロンに及ぼす影響を調べるためにリガンド非存在下でも下流シグナル伝達経路を誘導できる恒常活性型AhR(CA-AhR)を、in vivo電気穿孔法により胎仔期・新生仔期マウスの大脳皮質ニューロンにGFPと共に発現させた。CA-AhR発現ニューロンの微細形態解析を行ったところ樹状突起の長さに変化が認められ、その一方で野生型AhRの過剰発現だけでは突起長は変化しておらず、過剰なAhRの活性化と微細形態との関連が明らかとなった。加えて、CA-AhR発現ニューロンでは皮質内分布パターンの異常も生じており、細胞移動への影響も捉えることができた。また、CA-AhR発現による樹状突起の形態変化や細胞移動の異常は海馬や嗅球のニューロンでも観察され、活性化AhRの影響は複数種のニューロンで顕れることが分かった。

 神経毒性の影響評価では行動影響の有無が重要となるが、成獣を対象とする既存の行動試験系を運動機能が未熟な生後初期の個体に適用することは不可能である。そこで、母仔間コミュニケーションのひとつとして発達期マウスが発する超音波領域の鳴き声(超音波発声)に着目し、TCDD曝露が発声時間に与える影響を調べた。生後3~9日齢における超音波発声を解析したところ、TCDD曝露を受けたマウスでは発声時間の有意な減少が認められ、仔の社会性行動への曝露影響を示唆する結果を得ることができた。

 演者は発達神経毒性の解明には分子-組織-行動など幅広い階層を含む研究アプローチが必要であるとの考えに基づき、遺伝子発現、微細形態、超音波発声を主たる実験手法として曝露影響を明らかにしてきた。今後も、統合的アプローチがもつ特徴と強みを活かした研究を積み重ね、毒性研究にとって学術的意義の高い成果を発表して行きたい。

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