動物実験は、それにより得られる人類にとっての利益(benefit)と、実験を実施することで動物が被る苦痛(harm)を天秤にかけ、harm-benefit analysisにより実験の是非を考える。動物実験を計画するとき、我々研究者は実験の必要性や意義について深く考える一方、サルの苦痛を真剣に考える機会は少ない。苦痛には身体的苦痛と精神的苦痛があり、とりわけサルのような高等動物では後者への配慮が重要となる。動物実験に汎用されるカニクイザルは、自然界では樹上生活を基本とし、数頭~数十頭の群れで社会的な生活を送る。これらはカニクイザルの生得的な行動であり、それが発揮できないことは精神的苦痛になる。したがって、実験施設でサルを飼育する場合、期待される飼育環境の水準は本来非常に高い。近年、群飼育や環境エンリッチメントなどの飼育条件がサルの生理状態に及ぼす影響について多数の研究が報告されている。また欧州ではケージサイズを規定したガイドラインが施行され、サルの飼育に広い空間が必要となった。このようにサルの動物福祉に対する意識はグローバルレベルで高まりつつある。適切な飼育環境に関するエビデンスが示され、それと共にルールも変わりつつある中で、それらを取り入れず従来の飼育条件を踏襲したサルの実験を続ければ、いずれ科学界や社会にも受け容れられなくなる可能性がある。サルの動物福祉を取り巻くこのような現状を鑑み、当社ではサルの飼育環境を向上する取組みを行なっている。また、社内で3Rsを推進する活動を実施し、動物福祉と3Rsの文化醸成に継続的に努めている。その結果、薬物動態研究においてカニクイザルの使用数削減を実現する新規評価法も開発された。本講演では、製薬企業の管理獣医師として動物福祉を推進する者の視点から、サルの動物福祉に関する現状の課題を挙げるとともに、その改善に向けた当社の取組みを紹介する。