日本毒性学会学術年会
第49回日本毒性学会学術年会
セッションID: AWL4
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学会賞・奨励賞
薬物の死後変化に対する血中タンパク質の寄与に関する研究
*山岸 由和
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抄録

 法中毒学は、人々の権利を守るために必要な薬学・医学・法学の要素が含まれる、言わば毒性学の応用研究分野の一つであり、薬毒物に関連した死因を究明するために、ご遺体から採取された血液等の検体の薬毒物分析を主要な手法としている。特に2020年4月に死因究明等推進基本法が施行され、厚生労働省に設置された死因究明等推進本部では、法中毒学を含めた今後の日本の死因究明の在り方が議論されている。このような背景のもと、千葉大学法医学教室では解剖された年間300事例以上のご遺体に対して可能な限り全症例を薬毒物分析することで死因究明に貢献している。この日々の実務の中から、血中薬物濃度の死後変化というクリニカルクェスチョンを着想し、その解決に向けて研究を実施している。

 血中薬物濃度の死後変化の具体的な要因として、死後の体内再分布、エステラーゼなどの薬物代謝酵素による自己分解、及び死後のバクテリア繁殖に伴う薬物分解が挙げられる。しかし、これらのメカニズムだけでは多くの薬物に対する死後の血中濃度変化を完全に説明することは難しい。本研究では、死後に血中濃度が著しく変化する代表的な薬物であるマラチオン、メチダチオン、メソミル及びブロマゼパムに対して、生前の血液成分が影響を与えるのではないかということを仮説し、LC-Q/TOF-MS(液体クロマトグラフ-四重極/飛行時間型-質量分析装置)を用いた質量分析法に基づく緻密な解析を重ねて血中死後薬物濃度変化の新規メカニズムを明らかにした。

 本研究の具体的な成果として、血漿中タンパク質の主要成分であるアルブミンが、死後にマラチオン及びメチダチオンとアミノ酸付加体の形成すること、その付加体の形成には特定のアミノ酸残基が選択的に反応することを示した[1][2]。また、血球中タンパク質の主要成分であるヘモグロビンが死後にメソミルとアミノ酸付加体の形成すること、その付加体の形成には特定のアミノ酸残基が選択的に反応することを示した[3]。加えてヘモグロビン分子内に含まれている鉄が、Fenton反応を介して、死後にブロマゼパムを非酵素的に酸化することも示した[4]。さらに、これらの成果に基づき、死後に産生された死後代謝物の生成量から生前の血液中濃度を推定できることを明らかにした。すなわち、死後の薬物濃度変化を引き起こす重要な要因の一つとして、血中タンパク質が寄与するという学説を提唱するに至った。前述のように、死後代謝物の定量値を用いることで、死亡時の薬毒物のより正確な血中濃度を把握することが可能であり、薬毒物中毒の有無の判断に寄与する法中毒学実務においても有益であることを示した。

 今後は血中タンパク質が死後変化に寄与する薬毒物を網羅的に検索ならびにその死後代謝物を同定していき、死後代謝物を含めた薬毒物分析を発展させることで死因究明に貢献していきたい。

[1] Yamagishi, Y., Iwase H., Ogra, Y. (2021): Sci. Rep. 11, 11573.

[2] Yamagishi, Y., Nagasawa S., Iwase H., Ogra, Y. (2022): J. Toxicol Sci. in press.

[3] Yamagishi, Y., Iwase H., Ogra, Y. (2021): Chem. Res. Toxicol. 34, 161-168.

[4] Yamagishi, Y., Iwase H., Ogra, Y. (2021): Fundam. Toxicol. Sci. 8, 61-67.

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© 2022 日本毒性学会
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