文化人類学研究
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特集論文
「地域」で「ふつうの医師」として医療をする
密山 要用
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2022 年 23 巻 p. 58-77

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抄録

 本論文では、医師が地域医療に携わる上で生活者の視点と医療専門家の視点をどのように取り扱えばよいか、その振る舞いにフィールドワークの経験と人類学者との対話がどのような影響を与えうるのかについて、一人の医師である私の事例を基にして検討する。

 医師になるとは、生活者である若者が異文化の場としての医学部に入り、医療の「あたりまえ」を自文化としていく過程であり、一方で生活者としての視点を失っていく過程でもある。生活者目線の「ふつうの医師」を志し、大学ではなく地域で、臓器別専門医ではなく家庭医への道へ進んだ筆者だが、次第に医師の視点が強化され、生活者の視点を失っていった。一方で地域医療という生活と医療が交差する現場で、両者の「あたりまえ」の違いに悩み、「もやもや感」が生まれていた。そこでもやもや感の探求のために一度臨床現場を離れ、島根のとある集落で酒づくりをする人たちとコミュニティナースを自称する看護師たちの実践を調査者としてフィールドワークする経験を得た。そして、人類学者らとの対話を通して、当初のもやもや感がいずれも医師の視点から一方的に地域の生活を捉えるものであったことに気付かされ、また地域に住む生活者の視点をそのままに受け取るというフィールドワークにおける重要な姿勢を学んだ。医師にとって、地域での医療の実践を深めていく上で、生活と医療の境界に生まれる様々な「もやもや感」を大切に扱うこと、医療と生活両方の視点を包括する「いかにしてともに生きていくか」という問いを立てて生活者視点を再構築すること、「健康づくり」ではなく「地域づくり」の一員として地域の人々の仲間に加わることが重要かもしれない。このような医療と生活の境界をフィールドワークする営みを「地域でふつうの医師として医療をすること」と呼びたい。

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© 2022 現代文化人類学会
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