年報カルチュラル・スタディーズ
Online ISSN : 2434-6268
Print ISSN : 2187-9222
6 巻
選択された号の論文の12件中1~12を表示しています
  • 有元 健
    2018 年 6 巻 p. 3-4
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
  • 「感情の構造」から「動物的政治」へ
    伊藤 守
    2018 年 6 巻 p. 5-23
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
  • 金 艾瓓, 鄭 優希
    2018 年 6 巻 p. 25-46
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
  • 言説、権力、情動
    グロスバーグ ローレンス, 挽地 康彦
    2018 年 6 巻 p. 47-58
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
  • 現代日本における大麻自由化運動
    山本 奈生
    2018 年 6 巻 p. 59-79
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
    本稿は現代日本における大麻自由化運動を、特に90 年代以後の展開に注目しながら整理 するものである。大麻合法化が進む欧米諸国において、大麻問題は政治的なリベラル/保 守の係争として位置づけられ、同性婚や銃規制問題と同様にしばしば争点化されている。 ここでは大麻自由化運動が、広範なリベラル派支持層の賛同を得つつ法規制の変化に現実 的な影響を与えてきたが、日本での状況は大きく異なっている。 日本における大麻自由化運動は、60 年代のビートニク/ヒッピーに端を発し、90 年代か ら現在まで複数のフレーミングを形成しながらネットワーク化されてきたものである。こ こでの運動は一つの団体に還元できるものではなく、多様な問題関心と志向性を持つ諸個 人らが織りなす群像であるが、この潮流は社会学界においても十分には知られていない。 そのため本稿では一つの出来事や団体に対して集中した解釈を行うのではなく、まずはグ ループおよび諸個人が形成してきたムーヴメントの布置連関を把握しようと試みた。 現在の大麻自由化運動は「嗜好用を含めた全般自由化」「医療目的での合法化」「産業利 用の自由化」など複数の目標を掲げながら、同時に言説枠組みの展開においてもアカデミ ックな研究に依拠するものから、スピリチュアリズムやナショナリズム、陰謀論に至るま で散開している。その後景には、社会運動というよりはサブカルチャーとしての精神世界 やニューエイジ、レゲエ文化の展開があり、こうした音楽や文化と大麻自由化運動はクロ スオーバーしながら進展してきた。本稿では、90 年代以後の日本における状況を整理する ためにまず前史を概観した後に、諸グループがどのようにして活動と主張を行ってきたの かを捉え、社会状況に対するそれぞれの抵抗のあり方について論じた。
  • 桐野夏生『グロテスク』における追悼のゴシップ
    駒居 幸
    2018 年 6 巻 p. 81-101
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
    1997 年に発生した東電OL 殺人事件は、東京電力で総合職を勤める被害者が夜には売春婦 として客引きをしていたことが明らかになると、一気に報道が過熱した。週刊誌を中心に 行われた被害者の私生活を暴くような報道は、売春婦が規範的な市民から疎外され、それ 故にその死が嘆かれえないことを示している。本論では、こうした売春婦の死を悲嘆し追 悼する作品として、桐野夏生『グロテスク』(2003)を取り上げる。 東電OL 殺人事件をモチーフに書かれた本作では、二人の売春婦が殺害される。本論では、 二人の姉であり、同級生である語り手の「わたし」の語りに着目をする。「わたし」は売春 婦の悪口=ゴシップを言いながらも、最終的には彼女たちの「弔い合戦」を行う。こうし た弔いはどのようにして可能になるのか。本作には、客観的なゴシップの「語り手」であ ろうとしていた「わたし」が、徐々に「語られる対象」としての「わたし」に一致して行 く過程が描かれている。本論は、この過程の中に「わたし」のメランコリーを読み込み、「わ たし」のゴシップが彼女たちの喪失を回避し、自らの内側に引き込むための儀式として機 能していること、そして、そうした儀式こそが売春婦の死の追悼を可能にしていることを 指摘する。
  • アラン・セクーラの写真理論再読
    田尻 歩
    2018 年 6 巻 p. 103-124
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
    アメリカ合衆国の写真家・批評家アラン・セクーラ(1951-2013)は、批評活動において は写真の抑圧的使用を批判しながらも、創作の方法としては「リアリズム」を擁護してき た。本論は、彼の写真理論を階級の観点から考察し直し、「リアリズム」概念を捉えなおす ことを目的とする。この作業を通じて、これまで日本のセクーラ研究においては十分に焦 点が当てられてこなかった彼のマルクス主義的な側面を明確に記述し、それとともに、写 真・表象研究における「リアリズム」の批判的な理解の可能性を探求する。彼が批評的活 動を主に行った1970 年代後半から1980 年代は、ドミナントな写真理論においては反リアリ ズム的な傾向が強かった。本論は、英国の批評家ジョン・ロバーツの議論に依拠しながら、 リアリズムという概念が、ある写真がその映した対象に関する事実を述べていると考える 実証主義と同一ではなく、その時代に応じて創り直される知の実践的形式であるという立 場をとる。そのような観点から、本論の前半部においては、1970 年代後半から勃興し、現 在の写真研究の基盤を形作ったイギリスと合衆国における写真・芸術理論の反リアリズム 的側面を概観する。本論の後半では、同時期にリアリズムを擁護しながらも批判的に写真 を考察したセクーラの写真理論を階級的な観点から再読する。セクーラの従来の研究にお いては、どのような文献に依拠して写真理論を発展させていったかが基礎的なレベル以上 には明らかにされてこなかったが、本論は、彼が依拠した言語理論と社会理論を参照しつ つ彼の写真理論の特性を明らかにする。また、ほかの論者には十分に注目されていなかった、 精神労働と肉体労働の間の分業の批判が、資本主義の文化の一部として写真を理解するセ クーラにとって、理論・実践面で根本的な課題であったことを論じる。
  • 第一回黒人作家芸術家会議のリチャード・ライトとジョー ジ・ラミングを中心に
    吉田 裕
    2018 年 6 巻 p. 125-144
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
    本論文は、第三世界主義の決定的な瞬間の一つである、パリで開催された第一回黒人作 家芸術家会議を取り上げる。そして、英語圏、仏語圏の作家や知識人たちのあいだでの人 種を超えた連帯という表向きの祝祭的な雰囲気の影で密かに存在していた不協和音を検討 する。この論文の主な焦点は、合衆国の黒人作家であるリチャード・ライトによる発表「伝 統と産業化」とバルバドスの作家ジョージ・ラミングによって読み上げられた原稿「黒人 作家とその世界」を分析することにある。当時、パリに逗留していた若きアフリカ系アメ リカ人の作家ジェームズ・ボールドウィンによる会議の報告も一部、検討対象とする。合 衆国の内外での反共主義の隆盛という文脈において考えた時、フランス語圏の知識人たち とのあいだの共通性と差異、そして、目指されなかったものとは何なのだろうか。人種主 義と植民地主義を問題化するということはフランス語圏のアフリカ系知識人やカリブ系作 家らには共有されていたが、英語圏の作家らには別様に捉えられていたのではないだろう か。 前半では、人種主義と植民地主義の見え方に関して、合衆国代表団とフランス語圏の発 表者(特にエメ・セゼール)のあいだに存在していた軋轢に注目するが、その軋轢の要因 の一つとして合衆国代表団に共通してみられたのは何だったのかについて論じる。そして 後半では、この軋轢を反省的にとらえかえすための問いかけの出発点として、恥という情 動にラミングが傾注していることを論じる。そのことによって、冷戦期の情報戦や心理戦 が脱植民地期の「文化」概念に隠然たる影響を与えたことや、その影響に対する抗いの試 みの一端を明らかにする。
  • ライトノベル編集者を中心に
    田 泰昊
    2018 年 6 巻 p. 145-168
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
    本稿は、日本のコンテンツ産業の特徴であるメディアミックスが、実際にどのように動 いているかについて考察するものである。特にメディアミックスの現場で活動している実 務者(KADOKAWA のライトノベル編集者)たちが、自分の職業とメディアミックスをどの ように認識しているか、そしてその認識のもとでどのように実践しているかを、インタビ ューを通じて検討した。その結果、メディアミックスはあくまでも編集者本人の「書籍の 販売数をより多くするための戦略」であって、彼らを動かす動力は創造的な動機ではなく、 リスクに対する恐れからなるものであった。本稿はこのリスクを大きく分けて3 つあるも のとみて、彼らがそれをどのように乗り切っているかを明らかにしている。3 つのリスク とは、第一がライトノベル市場の狭さ、第二が相手会社に対する不安、第三がメディアミ ックスされた作品の作品性に対する不安である。これらを克服するため、彼らはメディア ミックスを念頭に置き、良い作品をつくろうと努力する。具体的な実践は次のようである。 1つ目は、キャラクターをつくることに力を入れることで、イラストレーターの選定の際 にもメディアミックスを考えながら進める。2 つ目は、相手会社(マンガやアニメ関係)に 対する情報を継続的に収集し、場合によってはプレゼンテーションまでする。3 つ目は、編 集者自ら発売のタイミングを調節し(コミカライズ)、脚本会議にも定期的かつ積極的に参 加(アニメ化)することで、メディアミックス作品の完成度を高め、作品の魅力が失われ ないようにすることである。
  • 福岡市美術館の「アジア美術展」を参照して
    石松 紀子
    2018 年 6 巻 p. 169-192
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
    1973 年、ブルガリアで開催された国際造形芸術連盟(IAA)の会議で、各国・地域における「カ ルチュラル・アイデンティティ」を重視する決議がなされる。この「カルチュラル・アイ デンティティ」の概念は、1979 年に開催された福岡市美術館の開館記念展「アジア美術展」 を実現させる上で大きな指針を与えるものとなる。同展は、日本でアジアの現代美術を紹 介する先駆けとなり、以後ほぼ5 年ごとに実施され、第1 回(第1 部1979 年/第2 部1980 年)、 第2 回(1985 年)、第3 回(1989 年)、そして第4 回展(1994 年)まで続く。 第1 回から4 回までの「アジア美術展」を検証すると、さまざまなアイデンティティの 捉え方がみえてくる。第1 回展から第3 回展までは、アジアにおける「文化の独自性」「民 族的な特質」といったスローガンのもとに「アジアの共通性」を模索するが、第4 回展に おいては、個々の作品や美術家を重視する姿勢へと転換する。 第2 次世界大戦後、アジアの多くは宗主国の支配から解放され国家として独立を果たすが、 自立した国家を構築する過程で、美術分野においても「アイデンティティ」の形成は重要 な課題として考えられるようになる。本稿では、「アイデンティティ」の概念が日本におけ るアジアの現代美術の展覧会で語られた初期の例として「アジア美術展」を取り上げ、そ の概念の受容と変遷について考察する。 その上で本稿は、「アジア美術展」において、IAA が提唱した「アイデンティティ」概念が、 アジアの現代美術を受容する枠組みとなっていったプロセスや、各展覧会におけるその概 念の捉え方や変化を検証する。また、「アイデンティティ」を考察することで、アジアにお ける日本の立ち位置や、日本がアジアに向けるまなざしについても検討する。そうするこ とで、アジアの現代美術を語る上で、美術言説を形成することの重要性や、改めて日本を みつめる視点の必要性を明らかにする。
  • 伏木 香織
    2018 年 6 巻 p. 193-197
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
  • 潘 夢斐
    2018 年 6 巻 p. 198-202
    発行日: 2018年
    公開日: 2019/10/09
    ジャーナル フリー
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