本研究では、筆者が発見した小型竹筒望遠鏡(株本蔵 E)は岩橋善兵衛嘉孝を祖とする岩橋家が製作したことを同定すると共に、本望遠鏡を含む同時期に製作された中小型望遠鏡の歴史的意義を明らかにすることを目的とした。
株本蔵 E の接眼筒の寸法は『サイクツモリ□』帳記載値とほぼ同じであり、接眼部の模様の一つが伊能忠敬記念館所蔵の一閑張望遠鏡(伊能 A)の鏡筒のものと同じであることから、本望遠鏡は岩橋家製であると判断した。さらに伊能 A の製作年代(寛政 12(1800)年以前)から、株本蔵 E は伊能 A と同様、初代善兵衛が望遠鏡製作初期の段階で製作したものと結論した。
この結論は寛政 10(1798)年の間重富宛の高橋至時の書状に記載されていた「至時が天体観望に用いた小型望遠鏡」は竹筒製であること、そして、初代善兵衛製の中小型望遠鏡が江戸時代の天文学知識の習得方法を大きく転換した点で重要な歴史的意義を有すること、さらに株本蔵 E はそれらの性能を直接、知ることができる史料であることを意味している。
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