日本災害医学会は日本医学会分科会ではあるが、会員の多くは非医師であり、それぞれがさまざまなバックグラウンドを持つ特殊な学会である。それがゆえに、他の医学会では確立している研究倫理的なコンセンサスが、議論の的となってきた。本稿では、倫理的観点から災害医学研究の公表に関する注意点を挙げた。まず大前提として、本学会で報告される研究は科学に基づいたものであるべきだと指摘し、次に『ヘルシンキ宣言』において『個の倫理』>『集団の倫理』という医学研究の倫理原則が打ち出されていることを読み解いた。その上で、大規模な災害現場では、『集団の倫理』>『個の倫理』という、平常時と異なる倫理観が支配的になりやすい点を指摘し、研究の実施にはより慎重な倫理的配慮が必要になることを議論した。最後に論文公表時の注意事項を取り上げたが、研究結果が公表されるその時まで、研究者は社会の信頼を失わないよう細心の注意を払うべきである。
【目的】災害拠点病院で近年事業継続計画(BCP)策定が義務化されるなど、災害時の医療機能継続については喫緊の課題であるが、病院施設が被災した際の医療機能への影響評価手法は確立していない。【方法】本研究ではアンケート調査から大阪北部地震時の病院の建物・設備に対する被害と地震動の関係を明らかにするとともに、その結果をもとに京都市内の病院を対象に南海トラフ巨大地震等の発生時に病院施設が受ける被害の可能性を明らかにした。【結果】その結果、発生確率が高いとされる南海トラフ地震では、京都のように震源から大きく離れた地域においても、大阪北部地震以上の揺れが想定され、建築構造的な被害が発生しなくても医療機能の継続という観点からは、大きな問題となるような影響が発生することが示唆された。【考察】このように本研究は工学的手法を用いて医療機能継続の意思決定支援手法の開発を試みる独自性の高いものであり、今後の展開が期待できる。
【目的】宮城県内の分娩取扱施設における地震を中心とした災害対策の取組実態を明らかにし、現在において東日本大震災と同等の地震が発生した場合の分娩受入想定との関係を明らかにする。【方法】宮城県からデータ提供を受け平時の状況を調査した。災害拠点病院を除く27の分娩取扱施設へアンケート調査を実施した。【結果】特に仙南医療圏で、出生数の減少に比べ、分娩取扱数の落ち込みが目立ち、現在では2診療所のみが分娩可能であった。アンケート調査の有効回答は11施設であった。仙南医療圏の1診療所から回答が得られたが、旧耐震基準のもと設計された建物であった。【考察】患者対応とライフライン途絶時の対応計画の策定が求められることが示唆された。ベッドや機器の移動防止が課題であった。【結語】分娩取扱施設の大規模災害時における分娩受入継続に向け、工学分野と医学分野の学際研究や双方向のリスクコミュニケーションが求められる。
【目的】東日本大震災では被災地域高齢者の心身機能低下による要介護認定率の上昇が問題視されている。熊本県では二度の災害において、高齢者等が入居する建設型応急住宅に対して、リハビリテーション専門職を活用した初期改修による住環境整備を行った。今回はその有効性に関して検証する。【方法】行政機関のデータベース、災害支援団体などの報告書・資料などを後方視的に解析した。また2020年7月豪雨において、初期改修を行った建設型応急住宅入居者および被災市町村仮設住宅担当職員へのアンケート調査を実施した。【結果】熊本県で発生した災害による被災地域の要介護認定率の上昇はみられなかった。アンケート結果では、初期改修を行った入居者および市町村職員の満足度は概ね高かった。【結論】建設型応急住宅において、リハビリテーション専門職が早期から初期改修に係ることが、被災地域の要介護認定率の上昇を抑える要因の一つとなることが示唆された。
台風15号は千葉県を中心に甚大な被害を出し、日本政府はこの台風を激甚災害に指定した。千葉県館山市における台風15号の被害では多くの在宅酸素療法(HOT)使用患者で酸素吸入の継続が困難となった。今回の災害では長期間の停電による設置型酸素濃縮装置の使用不能に加え、通信局本局の停電による通信障害も伴ったことから、患者自身が新たな酸素ボンベの配送を依頼するという既存の対応を行うことができなかった。我々は在宅酸素供給業者と協力して災害拠点病院に可能な限りの酸素ボンベを集約し、市の防災放送を通して市民への情報共有を行い、酸素不足に効率的に対応した。在宅酸素の供給問題を在宅酸素業者に頼りすぎている点はこれまでの災害の経験から指摘されてきたが、HOT使用患者の災害時の対応について行政、医療サプライヤー、患者間での情報共有システムの構築を含めた災害マニュアルを作成する必要がある。
2011年の東日本大震災に伴って発生した東京電力福島第一原子力発電所事故による救護活動の混乱は、日本赤十字社に大きな反省をもたらした。その反省から、放射線災害に対応するための資機材整備をはじめ、活動方針の策定やこれに基づく救護班への教育訓練、本部機能を支援するための日赤原子力災害医療アドバイザーの任命、放射線災害の被災地内に位置する日赤施設への支援体制整備、情報発信などの取り組みを行ってきた。現在全国で26の病院・道府県支部が原子力災害拠点病院あるいは原子力災害医療協力機関に指定登録され、国の放射線災害対応の一翼を担えるまでになったが、まだ課題は残されている。活動基準の妥当性についての検討や、日赤内での放射線災害に対する関心の低下への対応が求められているが、さらに放射線災害医療体制全体の中での日赤の役割について整理していく必要がある。
北見赤十字病院は北海道オホーツク医療圏の中核医療機関で、周囲の医療機関との連携により地域完結型の医療を担っている。北海道初のCOVID-19クラスターが北見市で発生後から、病院長を本部長としてCOVID-19感染対策本部体制をとり、COVID-19受け入れ病院、保健所、行政機関と情報の共有を図り対応していた。第4波の際、重症化のため他院から北見赤十字病院へ転院となる患者が相次ぎ、医療体制が逼迫した。COVID-19受け入れ病院における治療のばらつきが重症化の一要因と考え、Web会議で標準的な治療を保健所とともに受け入れ病院間で共有した。その後、北見赤十字病院へ転院搬送される患者は減少し医療提供体制は安定した。医療資源が限られた当医療圏で、平時からの連携をベースにWeb会議を行い、病院間の役割分担に加えてCOVID-19治療の情報と考え方を共有し、治療の標準化を図り、第4波の患者増加に対応した。
新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)クラスターが発生した病院の医療従事者に身体症状が続発し、災害支援鍼灸マッサージ師合同委員会(Disaster Support Acupuncture Masseur Joint Committee:以下DSAM)に対して鍼やマッサージが要請された。7日間の支援で63名(延べ人数72名)が利用し、40歳代(30.2%)・看護職(87.3%)・女性(77.8%)、首肩部の主訴(54.7%)が最も多かった。このうち、COVID-19発生からDSAM介入までの11日間で健康被害が生じたのは34名(39.5%)で、施術前のNumeric Rating Scale(以下NRS)7点以上16名(47.1%)から施術後は0名に改善傾向を示し、早期介入による医療従事者の身体症状の緩和が図れた。
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