フィナンシャル・レビュー
Online ISSN : 2758-4860
Print ISSN : 0912-5892
154 巻
選択された号の論文の5件中1~5を表示しています
  • 上田 淳二
    2023 年 154 巻 p. 5-43
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/10
    ジャーナル フリー

     IMF(国際通貨基金)及びEU(欧州連合)の執行機関であるEC(欧州委員会)においては,一国の財政の持続可能性やソブリンリスクを定量的に評価する取組みが行われているが,その評価手法は,過去20年間にわたり,現実に生じた様々な財政面のショックに対応するために大きく変化してきた。2000年代初頭には,分析の時間的視野や評価に用いる指標等は,それぞれ全く異なるものであったが,近年は,財政の持続可能性やソブリンリスクの評価手法について,ある程度まで収斂する方向での動きが見られるようになっている。

     短期的なソブリンリスクの評価に当たっては,様々な財政や経済の指標を組み合わせた指標によってリスクを機械的に評価する手法が採用されている。また,中期的なソブリンリスクの評価にあたっては,現実的な前提に基づく政府債務見通し(DSA)や確率的に計算された政府債務見通し(SDSA)を用いることが,IMFとECのいずれにおいても基本とされている。また,IMFでは,ソブリンリスク発生に対する予測力を踏まえて,機械的にリスクの大きさを評価した上で判断するアプローチが積極的に採用されている。長期的な財政の持続可能性については,ECにおいて,年金・医療・介護等の年齢関係支出の見通しを踏まえた定量的指標(S1,S2)を用いた評価が行われている。

     財政の持続可能性について,IMFやECで採用されているフレームワークに基づく評価の結果は,あくまでもあるべき政策を考える際の出発点にすぎないものであるが,現在の政策の将来に向けた持続可能性を考える上での重要なインプットと言える。過去に生じたイベントの発生予測力に基づいて計算される機械的評価の結果は,将来のソブリンリスクを完全に予測できるものではないことには留意が必要であるが,中期的なソブリンリスクの評価にあたり,「ベースライン」の政府債務見通しについて様々な手法に基づき現実妥当性を確認することや代替的なシナリオを設定すること,確率的な政府債務分布を作成してベースラインの現実妥当性を確認することや将来の政府債務の大きさの取り得る幅を示すことは,様々な可能性の下でのリスクの大きさを可視化することに資するものであり,日本における財政の持続可能性を評価する上でも重要な示唆を与えるものである。

  • ―IMF のSRDSF による評価と年齢関係支出の見通し―
    米田 泰隆, 細江 塔陽, 升井 翼, 稲葉 和洋, 上田 淳二
    2023 年 154 巻 p. 44-62
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/10
    ジャーナル フリー

     本稿では,IMF(国際通貨基金)の「ソブリンリスク及び債務持続可能性についてのフ レームワーク(Sovereign Risk and Debt Sustainability Framework: SRDSF)」の枠組みに基づいて行われる政府債務の見通しとソブリンリスクの評価について,2023年3月に公表された日本についての内容を解説する。さらに,IMFのSRDSFでは分析対象とされていない10年を超える長期の財政見通しを考えるために,長期の財政に影響を与える年齢関係支出の見通しについて,欧州委員会(European Commission: EC)の手法を参考に して2060 年度までの医療・介護費及び年金の給付費の見通しを行った結果を示す。

  • 今堀 友嗣, 野村 華, 鎌田 泰徳
    2023 年 154 巻 p. 63-91
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/10
    ジャーナル フリー

     雇用保険制度(失業等給付・育児休業給付)について,欧州委員会の手法を参考にしつつ,利用可能な統計データ,公表資料や日本の雇用保険制度を踏まえ推計モデルを構築し,雇用保険財政の持続可能性を分析した。

     分析の結果,失業等給付については,現行制度が変化しないという想定の下,ベースラインおよびショックシナリオで積立金は枯渇せず,雇用保険財政は持続可能との結果となった。また,均衡失業率と収支均衡の為の保険料率には相関関係があり,本稿のモデルでは均衡失業率1%の上昇に保険料率0.2%の増加が対応する。育児休業給付については,現行制度が変化しないという想定の下,ベースラインで積立金は枯渇しないものの,人口動態(出生率),家計行動(出産時の就業継続率,育児休業利用率),雇用政策(賃金に対する育児休業中の受給額の比率(置換率))等の変化が育児休業給付額に与える影響は相応にあるため,雇用保険財政の持続可能性に注意を払う必要がある。

  • ―米中の世代重複モデルによる経常収支の長期見通し―
    松岡 秀明
    2023 年 154 巻 p. 92-105
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/10
    ジャーナル フリー

     本稿では米国と中国の人口予測といくつかの想定を基に既存の世代重複開放モデルを2050年までの長期見通しに用い,グローバルな安全資産需要と金利への影響を探った。具体的には,基礎的な経済条件―人口構成の見通し,年齢の所得分布(各ライフステージの所得),金融システムの発展度合いなど―から今後の米国と中国の経常収支,またそれに伴う金利への影響を試算した。主な結果として,中国の借り入れ制約の緩和,遺産動機の低下,退職年齢の延長による所得分布のフラット化は中国の貯蓄動機を低下させ,米中の経常収支不均衡を縮小させる。また,他の国の状況を一定とした場合,中国からの米国債需要の低下により実質世界金利には上昇圧力となる。

  • 丸山 駿, 細江 塔陽, 宮地 和明
    2023 年 154 巻 p. 106-129
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/01/10
    ジャーナル フリー

     本稿では,一国の対外バランスや,政府部門・民間部門の債務の持続可能性等を包括的かつ整合的に分析することを目的に,政府・民間・海外部門間の貸借関係に着目したマクロ経済分析フレームワークを検討した。具体的には,日本経済を分析対象として,政府・家計・非金融法人・金融機関・海外の各部門の純借入・純貸出を構成するフロー変数,及び資産・負債等のストック変数について,部門間のリンケージを考慮して部分均衡モデルを構築した。本モデルでは,人口動態や為替・物価・金利等のマクロ変数等に係る前提条件の下で,政府・民間部門の支出や収入等の見通しを推計し,部門間の貸借関係がどのように推移するかを整合的に示すことが可能である。このため,例えば政府部門の債務持続可能性を検討するに当たっても,政府部門の収支等の見通しだけでなく,民間部門・海外部門を含む経済全体の絵姿を記述し,検証することができる。

     シナリオ分析の事例として,足もとの経済成長率等に基づく現状延伸シナリオでは,高齢化に伴う家計の純貸出幅の緩やかな減少及び財政赤字の緩やかな増加を,企業の対外収益の増加が補う形で,経常収支は黒字が維持される絵姿が示されたが,企業の対外収益率に依存する推計結果からは,海外経済のショックに対する脆弱性も示唆された。次に,家計の消費性向や企業の投資性向が上昇し,経済成長率の改善につながるシナリオでは,民間部門の純貸出幅の減少と財政赤字の拡大によって経常収支が赤字に転換し,国内の国債消化能力が低減することで財政の金利ショックに対する脆弱性が増す可能性が示唆された。

     最後に,為替・物価・金利等のマクロ変数の変動が各部門のフロー・ストックに与える影響について確率分布を用いて分析する手法も検討した。対外収支の見通しが各マクロ変数の変動によって非常に大きなばらつきを示す結果となり,パラメータの変動に伴う不確実性に十分留意する必要があることが確認された。

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