社会科教育の一端を担う地理教育の目標は,社会認識を通じて市民的資質を育成することにある。これに関連して,地理教育国際憲章では,「現代と未来に生きる有為でかつ活動的な市民を育成するために,現代世界が直面する主要な問題の解決へ向けて全ての世代の人々がそれらの問題に関心を持つこと」を地理教育の目的としている。また,同憲章をESDの観点から再構成したルツェルン宣言では,「「人間―地球」エコシステムの概念に基礎を置いた」地理教育のあり方を提唱している。これらのことから,地理教育の本質は,現代的諸課題の解決と持続可能な社会の形成へ向けて主体的に参加・行動する市民の育成にあることが理解できよう。
なお,同憲章では,地理学について,「場所の特質並びに人類の分布,地表面上に生じ,展開する諸現象の分布について説明・解釈する科学」と定義づけている。また,その特徴について,「①特定の場所と位置とを軸に人間と自然環境との関係の研究が中心的課題であること,②自然科学から人文科学にまたがる方法論を統合的に採用していること,③人類と環境との相互関係と
その未来へ
の対応について関心を持つこと」としている。そして,地理教育の内容構成にあたっては,上述の地理学の定義や特徴をもとに設定された5つの中心概念(①位置と分布,②場所,③人間と自然環境との相互依存関係,④空間的相互依存作用,⑤地域)をもとになされるべきであるとしている。さらに,方法論については,「地図をはじめとする各種資料の活用とそれへの分析・考察を通じて課題発見に至る研究プロセスを重視」しており,それを踏まえた地理教育独自の学習プロセスの構築がなされるべきとしている。
以上述べた地理学の定義・特徴を踏まえ,地理教育の意義について解釈すると,「①人間や自然環境を含めたあらゆる地理的諸事象を場所の特質や地域的差異を踏まえながら空間的に分析・考察すること,②諸事象の分析・考察の過程を通じて分布のパターンを読み取り,そこから地理的概念や地理的諸課題を発見すること,③諸課題の解決を通じて人間と自然環境とのより良い関係を構築するための手がかりを得ること,④人間と自然環境との関係を踏まえ、持続可能な社会を形成するための担い手としての能力を身につけること」(泉2014)ととらえることができる。まさしく,諸事象や地域への理解を前提に,思考力・判断力を駆使しながら,課題発見,課題解決,そして持続可能な社会の形成へ向けた探究プロセスをたどることで,市民性を養うことに地理教育の存在意義があるといえる。
このことに関連して,現行学習指導要領における高校地理教育は、現代的諸課題の解決を試みるべく探究型の学習プロセスや,社会参画の視点が重視されている。だが,実際は,大学入試問題の多くが知識の有無を問うことに重点が置かれていることもあり,授業実践の多くが事実認識のレベルに終始している現状にある。また,これとは別に,「認識的側面を重視し,市民的資質を育成するという側面が弱く,社会参加に関する資質の育成が十分に考慮されない」(永田2013)という科目上の性質による問題点も存在する。
以上の点を踏まえ,本発表では,地理教育の目標を市民性育成と定め,次期学習指導要領において一層重視される地理的見方・考え方と市民性育成との関係について言及していきたい。その上で、2022年度より実施予定の必修科目「地理総合」年間カリキュラムと探究プロセスを踏まえた授業実践プランを提案したい。
参考文献
泉貴久 2014.新しい高校地理教育への提言.地理59(2):41-49.
永田成文2013.『市民性を育成する地理授業の開発―「社会的論争問題学習」を視点として―』風間書房:340p.
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