妊娠時において睡眠障害がみられるのは決して珍しいことではない。しかも多くの妊婦や産科医たちは, この睡眠障害を身体的不快感によるものとみなしてきた。しかし, この病因論についての研究は今日まであまりなされてきていない。最近, 睡眠パターンを変化させる要因として, 時間生物学的リズム(
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ン・リズム)の研究が注目されてきている。〔目的〕妊娠末期における睡眠障害の病因論として, 内分泌学的リズムの変化を調べ, その意義と診断的価値について検討した。〔方法〕1991年11月から1992年1月までに当外来を訪れた妊娠末期(妊娠28〜34週)の妊婦115例の中から, 睡眠調査およびインタビューによって妊婦30例(不眠群15例, 良眠群15例)を選び出し, その中から採血に同意してくれた妊婦12例(不眠群6例, 良眠群6例)を対象とした。採血は妊娠32〜34週に施行し, 前腕部に針を留置し, 午後6時から翌朝午前8時まで1時間毎に行った。採血後, メラトニン, コルチゾール, プロラクチン, TSHの濃度を測定し, 両群を比較した。さらに, それぞれ4種類のホルモンにおける他のホルモンとの比率を調べ, 相互の関連性についても検討した。〔成績〕メラトニン・リズムは両群とも
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ン・リズムを示し, 振幅では不眠群は良眠群よりも高値を示し, ピーク・タイムは遅れる傾向があった。コルチゾールについては, 両群とも
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ン・リズムを示し, 正常に推移した。プロラクチンの振幅は両群とも高値を維持したが, 明瞭な
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ン・リズムを示さなかった。TSHについては両群とも明瞭な
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ン・リズムを示さなかったが, 振幅では不眠群が良眠群よりも有意に分泌が抑制される結果となった(p<0.01)。各々4種類のホルモンの他のホルモンとの比率(領域の比)は, 不眠群では良眠群に比べメラトニン/TSH比やプロラクチン/TSH比は有意に高く(p<0.05), またコルチゾール/メラトニン比は有意に低く(p<0.05), 特にTSH/メラトニン比は極めて低かった(p=0.002<0.01)。〔結論〕妊婦の睡眠障害には, メラトニン・リズムにおける振幅の増加, 位相の遅延傾向やTSH・リズムにおける振幅の減少にみられるように,
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ン・リズムの変化が関与している結果が得られた。特に, TSH/メラトニン比が, 不眠群と良眠群とを最もよく鑑別した。この比率が診断的価値をもつようになることが示唆された。
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