(目的)カニクイザルのα-グロビン領域に見出された
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エレメントP117はマカカ属サルではニホンザル以外のfascicularisグループに存在し、また挿入頻度は地域差があった。
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エレメントはmRNAから逆転写されたcDNAが染色体上に挿入された遺伝子であるが、本来の機能している遺伝子からの変異も少なく、挿入時期はfascicularis グループが種分化する直前くらいと考えられた。新世界ザルでもこの
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エレメントが挿入されていたのを発見したので、今回、本来の遺伝子と
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エレメントの配列を決定し、
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エレメントP117が挿入された時期を推定した。
(方法)P117の5’と3’非翻訳領域にプライマーを設定し、PCR法により
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エレメントと本来のP117遺伝子を増幅し、塩基配列を決定した。
(結果)フサオマキザルの機能P117遺伝子はヒトの機能P117遺伝子とは351塩基中トランジション(TS)8、トランスバージョン(TV)1であった。
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エレメントはフサオマキザル、ワタボウシタマリン、チュウベイクモザル、ケナガクモザル共に、12塩基と1塩基の欠失があり、フサオマキザル機能P117遺伝子とはTS 24、TV 8と変異が蓄積していた。
(考察)ヒト、カニクイザル、フサオマキザルの機能遺伝子間での進化速度を一定とし、旧世界ザルと新世界ザルの分岐年代を3500万年前とすると、速度は6.2×10
-10/座位/年となった。またLi等の方法(1981)により
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エレメントの新世界ザルにおける挿入時期を計算すると約3000万年前となった。機能P117遺伝子からのmRNAが
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ウイルス由来の逆転写酵素によってcDNAを経由して
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エレメントになった時期がマカカ属サルと新世界ザルとでは異なっており、それぞれ別の事象として起きたと考えられた。今後、他の
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エレメントを見出し挿入時期を検討することは、霊長類はもとより生物の進化の歴史とRNAウイルス由来逆転写酵素との関わりで興味深い。
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