【目的】クラシックバレエでは、常に下肢を90度外旋させること、数秒間つま先の一点でバランスを保つこと、背筋を緊張させ脊柱を伸展位に保つことといった特殊な技術が要求される(蘆田、2004)。なかでも、つま先立ちは狭い支持基底面内に重心を保持する動作であり、鍛錬しなければ技術の獲得が困難である。姿勢制御には視覚、前庭覚、固有感覚等が関与し(Shumwayら、2006)、これらに加え筋力や関節の柔軟性といった筋骨格系要素の関与が必要である。バレリーナの静的バランス能力について、視覚や体性感覚との関連をみた報告はあるが(Hugelら、1999,Roger、2005)、つま先立ちの
下腿筋
活動についてバレリーナとバレエ未経験者を比較した先行研究は見当たらず、
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活動とバレリーナの足圧中心(center of pressure;COP)動揺にどのような関連があるのかは明らかでない。そこで本研究では、つま先立ち保持時にバレリーナとバレエ未経験者の
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活動およびCOP動揺を測定し、バレエでのつま先立ちの特徴を明らかにすることを目的とした。【方法】対象は現在下肢に整形外科疾患がなく、クラシックおよびモダンバレエ歴10年以上の女性バレリーナ7名(以下、バレエ群)と健常成人女性7名(以下、対照群)とした。対象の年齢、身長、体重の平均はバレエ群で22.4±3.8歳、158.1±3.9cm、49.2±3.3kg、対照群で22.4±1.6歳、158.7±7.2.cm、50.2±7.4kgであった。課題は閉足立位保持(以下、flat)20秒、つま先立ち保持(以下、toe)20秒とし、つま先立ち時の足関節の底屈角度は床面と足底面が45度になるよう指示した。COP動揺の測定には足圧中心計UM-BAR(ユニメック社)を使用し、解析パラメータには単位軌跡長と外周面積を用いた。表面筋電図はPersonal-EMG(追坂電子機器社)にて記録した。バレエでは左足が軸足となるパフォーマンスが多いため、測定肢は左足とした。導出筋は腓腹筋外側頭および内側頭、長腓骨筋、前脛骨筋、後脛骨筋の5筋とし、得られた20秒間の生波形からroot mean square(RMS)を各筋で求めた。なお、筋活動量は3秒間の最大等尺性収縮(MVC)のうち波形が安定した1秒間のRMSを100%として正規化した。得られたデータは平均±標準偏差で表し、flatとtoeのそれぞれにおいてバレエ群と対照群を比較した。2群間の差には対応のないt検定を用い、危険率5%未満を有意とした。【説明と同意】対象には、目的や方法などを十分説明した後、署名にて同意を得た。なお、本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行った(承認番号0947)。【結果】COP動揺の単位軌跡長はバレエ群でflat 4.8±0.8mm/s、toe 13.1±1.9mm/sとなり、対照群でflat 4.3±1.0mm/s、toe 14.4±2.1mm/sであった。外周面積はバレエ群でflat 905.9±200.2mm
2、toe1681.8±314.2mm
2、対照群でflat 864.7±344.3mm
2、toe 2334.2±589.7mm
2となり、toeの外周面積で有意な差がみられたが(p<0.05)、その他はflatとtoeそれぞれにおいて2群間に有意差は認められなかった。toeにおける腓腹筋外側頭および内側頭、前脛骨筋、長腓骨筋、後脛骨筋の%MVCの平均は、バレエ群でそれぞれ21.2±10.4%、40.4±15.8%、12.6±3.7%、36.5±16.6%、48.1±21.0%であった。同様に、対照群で26.9±11.2%、48.9±24.1%、20.7±10.1%、37.3±11.3%、55.4±19.3%となり、全筋でバレエ群が対照群より小さい値となっていたものの、2群間に有意な差はみられなかった。【考察】Hugelら(1999)は足圧中心計を用いてバレリーナとバレエ未経験者の静止立位時のCOP動揺を比較し、外周面積はバレリーナが小さくなり、単位軌跡長は有意差がなかったと報告している。本研究でも、toeでの外周面積はバレリーナが有意に小さくなり、先行研究と類似した結果となった。
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の%MVCには2群間で有意差がみられなかったものの、バレエ群が対照群より小さな値となったことから、COP動揺が小さければ
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の筋活動も低くなり、効率的にバランスが保持できるようになると考えた。%MVCの値の差は、腓腹筋内側頭と前脛骨筋で特に大きく、これらの筋活動の差がより明確になれば、バレエを通してつま先立ち練習を積み重ねて行うことがつま先立ちの主働筋である腓腹筋のコントロール力を向上させ、相対的に前脛骨筋の働きを小さくする可能性があることが示唆される。今後は
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力の比較も行い筋活動との関連をみることで、バレエ未経験者がつま先立ち保持を行う際にどのような条件が必要であるかを明らかにしていきたい。【理学療法学研究としての意義】バレエは高いバランス能力を必要とするスポーツであり、静的バランス保持能力と
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活動の関係を明らかにしていくことで、理学療法士が携わる様々な疾患でバランス能力の向上に新しい発展が期待できる。
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