視床下部の神経分泌細胞における分泌様式は一般に漏出型乃至は離出型と考えられているために, 神経分泌細胞の補充ということも殆ど考察されていない. 我々は, 視床下部の神経分泌は正常の状態では主として部分分泌の形式の下に行われているが, 一部には
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型式の分泌も存し, 非生理的な条件下ではこの形式の分泌が増加すると考えている. しかし
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による神経分泌細胞の消耗に対する補充の問題に対してはなお明快な見解を得るにいたっていない. 本篇において報告したのは4例の犬の視索上核及び脳室旁核における神経分泌細胞の無糸分裂様所見であり, それは確実な無糸分裂像とは断定し得ないが, 写真に示されたように, 多分に無糸分裂の現象を推定させる特異な所見である. 図1は視索上核から得たものであって, 神経分泌細胞の多くのものが2個ずつ対をなしており, そのあるものでは両細胞が原形質性の連絡を示している. 図2も成犬の視索上核から得たものであるが, 両細胞の連続するくびれの部分に両核を結ぶ方向の線状構造が認められる. 染色体は現われていない. 図3の3写真は何れも, 下垂体に生じた大きい嚢腫のために後葉が圧平されていた1例の犬から得たものである. 図3aは視索上核に認めたもので, 休止核を示す2個の神経分泌細胞が細長な部分によって連絡されており, 一方の細胞の反対極からは1本の軸索が出ている. 細胞体にも連絡部にも神経分泌物が含まれている. 図3bは副脳室旁核に見られたもので, 多量の神経分泌物を含む2個の細胞が細胞質の広い表面で連続しており, 一方の細胞核は構造が不明瞭となり, 他方の細胞核には切痕部がある. 図3cは視索上核から得たもので, 2個の神経分泌細胞が細胞質性に連続して蹄鉄形を呈し, しかも連続部の中に毛細血管が認められる. 図3a-cの各所見と下垂体嚢腫との関係の有無については何れとも断定し得ない. 図4は正常な成犬の脳室旁核に見出されたもので, 核小体があたかも分裂の過程にあるような観を呈し, その境界線から更に細胞核を2分する中隔が延びているが, 細胞体自身には分裂所見は存しない.
従来, 未梢自律神経系には多核神経細胞が稀ならず認められ, 無糸分裂説或は細胞融合説によって説明されているが, 中枢自律神経系における多核細胞に関する報告は殆ど視床下部に限られ, それらは核の無糸分裂の所産と考えられている. 田村, 近藤等 (1955) によって一部の硬骨魚の視束前核には多数の神経分泌細胞の無糸分裂が認められることが報告されているが, 犬や猫の視床下部の神経分泌細胞における無糸分裂或は無糸分裂様の所見については従来全く報告されていない. 我々は正常神経分泌の一部に認められる
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, 換言すれば神経細胞の変性死に対する補充は, Hagen (1952) 等が漏斗核について主張しているような, 未分化な神経膠性要素の分化によって行われるものではなく, 恐らく神経分泌細胞自身の無糸分裂によってなされるものであろうと考察する.
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