本論文は,上限金利規制の是非を理論的に検討し,消費者金融の借り手,債務整理者,消費者金融未利用者を対象としたアンケート調杳の結果を用いて,実証的に検討する.本稿の特徴は,従来の産業組織的視点に加えて,借り手の
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・衝動性という行動経済学的視点と情報の非対称性の視点から分析していることである.
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を持つ人は計画の時間非整合性に直面するので,その借り入れを制約する政策が是認される.アンケート調査の結果から,高
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や自信過剰は消費者金融からの借り入れを促進し,債務整理に陥る原因であることを明らかにした.しかし,アンケート調査の結果は,消費者金融市場の情報の非対称性が強いことを示唆している.もしその結果,消費者の信用力が識別されないプーリング均衡が成立しているとし,信用割当が重要な影響を持たなければ,上限金利規制は基本的に望ましい効果を持たない.しかし,信用割当が重要な影響を持つ場合や,シグナリング均衡が成立している場合には,上限金利規制が高
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の人を排除するという意味で望ましい効果を持つ可能性がある.しかし,この場合にも,金利規制は,規制が望ましくない人をも規制してしまうという副作用があることに注意が必要である.たとえば,上限金利規制によって,消費者金融市場を崩壊させる政策が望ましいかどうかは,高
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の人の比率に依存するが,高双曲の人は国民の約2割から3割,消費者金融の既利用者では約3割から4割であると推測される.さらに本論文は,消費者金融会社が,約定金利に加えて取立ての水準を操作する「取立て均衡」を考察した.もし,借り手が,消費者金融会社が行うであろう取立て水準の期待値を過小に評価していれば,取立ては借り手の厚生を悪化させる可能性がある.この取立て均衡では,約定金利で表示した借り入れ需要関数は「後方屈折(backward bending)」になる可能性があり,借り手は高金利で過剰な借り入れをしたと後悔することになる.過小評価を導く原因としては,借り手の自信過剰が考えられる.実証分析は,借り入れ需要関数は金利が低い領域では右下がりであるが,高い領域では垂直であること,取立てにあった人は自信過剰の程度が有意に高いことを示した.最後に,貸し手が寡占であれば,上限金利規制が是認される可能性があるが,実証分析の結果,寡占市場であることを支持する結果は得られなかった.
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