我々の地域では,唯一の救命救急センターを核としたメ
ディカルコントロール協議会(BANDO メディカルコン
トロール協議会)が中心になって毎年『救急患者の搬送困
難(たらい回し)事例』を集計している。集計結果を見る
と,救急患者を受け入れられる医療機関が減少し,残った
救急医療機関に救急患者が集中している様や救急医療
の崩
壊を来している原因が何であるのかを垣間見ることができる。
管内で年間44,598件ある救急搬送のうち8,360件
(19%)が少なくとも1回は医療機関に受け入れを断られ
ており,712件は5回以上断られている。最多問合せ回数
は20回を超え,2007年には34回に達した例もある。多くの
救急医療
機関が年間100回以上救急車受け入れを断り,あ
る施設では年間1,500回を越している。医療機関が救急搬
送を断る理由の30%は『専門外』であり『処置不能』と合
せると43%を占める。一方,『満床』を理由に断っている
のは11%に過ぎず,『多忙』や『処置中』が30%を占めて
おり,
救急医療
機関の疲弊が見て取れる。
『専門外』が多いのだから医師を増やして専門医を増や
せばよいと考えるのはあまりにも早計である。専門医が何
人いても『専門外の患者は見られない』専門医が増えたの
では
救急医療
は成り立たない。
救急医療
は,どんな救急患
者に対しても根本治療ができることを求めているわけでは
ない。むしろそうあるべきではないだろう。しかし,どん
な救急患者に対しても生命の危機を防ぎ,その患者の必要
としている医療を判断し専門治療に導くことが求められ
る。もはや一部の献身的な医師の使命感や努力と犠牲だけ
で地域
救急医療
は支えることができない。
『搬送困難』事例の増加は,地域
救急医療
の破綻を示す
ものであるが,その原因は救急搬送システムにあるのでは
なく,医療機関の,あるいは医師の
救急医療
に対する認識
の相違とそれを取り巻く社会環境にあると思われる。この
根底には,過度の専門医志向により専門外の診療ができな
い医師を増やし,それを許容してきた医療界や行政,そし
て主権者たる国民の責任がある。こうした過度の専門医志
向を残したままでは,医師を増産しても専門外の診療がで
きない医師を増やすだけで
救急医療
崩壊の解決にはならな
い。地域
救急医療
の崩壊を蘇生し,社会復帰させることが
できるのは,即効薬や専門医ではなく,蘇生のために何が
重要なのか共通の認識をもった上でのチーム医療であろ
う。もし,国民が本当に『命は何ものにも代え難い』と考
えるなら,国民の命を守るための『
救急医療
基本法』など
の法的整備を求めるべきだろう。
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