細胞はアクトミオシンゲルと呼ばれる無秩序なゲル状会合体により多様な運動・変形を実現している.これまでの分子生物学的な研究では制御因子のネットワーク構造の理解が重要であると考えられていた.一方,化粧品からマグマの流動など,実験室レベルから地球科学レベルまでレオロジー変化と反応の結合は様々な時空間パターンをもたらすことが知られている.このような観点から考えると,細胞はアクトミオシンゲルの生成・消滅というレオロジー変化と反応の結合により多様な時空間パターンと自発運動を生み出していると考えられる.そこで,我々は生命のような時空間パターンや自発運動系を会合体の生成系を用い再現した.本報告では2種液体の接触部分において会合体が生成する系を用い,マクロな挙動を観察した.なかでも,ここでは受動的な会合体生成系と能動的な会合体生成系の2種の系に関して紹介する.
受動的な会合体生成系としては,水ガラスと金属塩水溶液である塩化コバルト水溶液の2液体からなる系を紹介する.以上の2種の溶液を接触させると接触面で素早く会合体が生成し接触面が固化する.本系では空間パターンの観察が容易な薄いセル内部に水ガラスを導入し,外部よりシリンジポンプを用いて一定速度で金属塩水溶液を注入した.すると,注入速度の変化に応じてalga型,shell型,filament型と大きく異なる様相の注入パターンが生じた.なかでもfilament型の進展様相に関しては進行するアクティブな枝の数が注入速度に比例すること,界面の進展速度がほぼ一定値をとることなどが見いだされた.この特性に関して摩擦と固化,更には会合体の局所的な保存則を導入した界面モデルによりfilament型パターンの特徴が再現された.このように,固化という最も単純なレオロジー変化によっても,外力を加えることで多様な時空間パターンが見いだされた.
他方,能動的な会合体生成系としては,油水界面活性剤系の実験系を紹介する.陽イオン性界面活性剤と中性の補界面活性剤を水相中で混合するとαゲルと呼ばれる弾性を持つ会合体が生成する.ここで,油相中に補界面活性剤,水相中に陽イオン性界面活性剤を混合して2相を接触させると油水界面近傍でαゲルが生成する系が構築できる.この系では会合体の生成に伴い油水界面が自発運動し,液滴の自発運動ももたらすことが示された.ところが,次元解析的手法により生成する圧力を見積もると,界面の運動をもたらすにあたって,会合体がもたらす圧力が2桁程度不足していることが示唆された.このことから,油水界面で生成したαゲルからなる会合体が生成後何らかの変化を示すことが示唆された.そこで界面近傍で生成した会合体を小角中性子散乱によりその場で観察したところ,会合体の構造転移が起きていることを見いだした.これは界面活性剤の会合体が能動的に収縮することで油水界面運動をもたらすことを示唆する結果であった.
以上のような2種の実験系の結果を示すことで,レオロジー変化と反応の結合系で多様な時空間パターンや自発運動が実現されることを示した.今後このような観点でレオロジー変化と反応の結合系を作成・観察することでより多様な時空間パターンの生成機構が見いだされることが期待される.
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