2019年12月に中国の武漢から蔓延した新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) により, 世界中の歯科医師はかつてない難局に直面した. COVID-19の感染拡大初期より, 歯科治療における院内感染リスクの高さが危惧されていたが, 感染予防手段について当初は暗中模索であった. 本稿では武漢が迎えた危機に関連する文献を展望しながら, 世界で初めてCOVID-19に遭遇した歯科医師たちが困難を克服するにいたるまでの経緯を紹介する.
湖北省の省都,
武漢市
は人口1121万人の中国中部を代表する巨大都市である. 2019年12月31日に原因不明の新型肺炎として報告されたCOVID-19は急速に感染を拡大し, 翌2020年の1月23日に
武漢市
は史上最大規模の全市的ロックダウンに追い込まれた. これに合わせ湖北省政府が, 省内での緊急性のない歯科治療の禁止を通達し,
武漢市
内では武漢大学歯学部附属病院のみが歯科救急患者の受け入れを許可された. 武漢大学歯学部は歯学分野のランキングで世界32位, 中国大陸では北京大学に次ぐ2位であり, 中国を代表する歯学部の一つである. 武漢大学歯学部附属病院は迅速に疫病流行下での急患受け入れ体制を構築し, 電話とSNSを利用したオンライン診療も開始した. 感染防御の手法が現場の経験と知識の集約によって策定され, まとまった感染予防ガイドラインとして発信された. 同院にはロックダウン中に計2,025人の患者が来院し, 9人の病院スタッフにsevere acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) の感染が認められた. 歯科救急患者の総数は平時より著しく減少し, その半数以上を歯内療法分野の急患が占めた. このように人工的に封鎖された巨大都市の歯科救急患者が一つの病院に集められたことで, COVID-19の歯科医療への影響を分析するための貴重な疫学的データが収集された. ロックダウン解除後は, 慎重かつ体系的な段階を踏んで武漢大学歯学部附属病院での一般歯科治療が再開された.
武漢大学歯学部の文献を中心に関連資料を総覧することにより, 武漢の歯科医師たちが苦労を重ねながらもCOVID-19の感染拡大を安全に乗り切ったことが明らかになった.
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