【目的】本邦の理学療法士を取り巻く労働環境は,加速的に増加する有資格者のために年々厳しくなりつつある。労働市場の変化は経営者の新卒理学療法士に期待する能力が,高度な知識と技術だけでなく自律的な自己啓発態度にまで及んでいる。理学療法士養成校では学生に理学療法学の教授だけでなく,社会で「働く」ことの意義や問題解決,対人関係などの
社会技能
を開発させる教育も全学年を通して実施する必要がある。そこで,学生の職業生活意識と志向性を分析し,コミュニケーション・スキルと合わせて評価することが,彼らのキャリア形成支援の指針を明確にさせ得る。今回,理学療法学生を対象として,職業生活意識と
社会技能
を測定する質問紙調査を実施し,性別及び学年別比較の結果から学生に対するキャリア形成支援を考察した。【方法】対象は質問紙調査の趣旨を了承した,4か所の理学療法士養成校(四年制,昼間部)で学ぶ理学療法学生であり,回収し得た561名(男性377名,女性184名)であった。学年の内訳は1年生175名,2年生174名,3年生170名及び4年生42名であった。質問紙調査(留め置き法)の時期は2011年6~7月であり,調査票には基本属性,コミュニケーション・スキル(ENDCOREs)尺度(藤本2007,24項目),成人キャリア尺度(板柳1999,9項目の短縮版),個人志向性・社会志向性PN尺度(伊藤1993,12項目の短縮版)などで構成されていた。統計学検討はSPSS VER.16.0Jを使用し,各下位尺度得点の性別比較には対応のないt検定を学年別比較には一元配置分散分析及び多重比較検定(Tukey法)を行い,有意水準5%未満を差ありと判定した。【説明と同意】対象者は本研究の趣旨を了承した者であり,調査票表紙には「調査票は無記名であり,統計的に処理されるため,皆様の回答が明らかにされることはありません」と明記され,集められた調査票は研究者が入力し,入力後はシュレッダーで裁断した。 【結果と考察】各下位尺度得点の性別比較では,ENDCOREsの「自己統制」「表現力」「自己主張」「他者受容」「関係調整」の各々で男子学生が女子学生より有意な高値を示した。成人キャリア尺度では,「関心性」「自律性」「計画性」の全ての下位尺度で性差がみられず,個人志向性・社会志向性PN尺度では「個人志向性P(肯定的)」のみ男子学生が女子学生より有意な高値を示した。一方,各下位尺度得点の学年別比較で効果がみられたのは,ENDCOREsの「自己統制」F(3,560)=2.76,p=0.04,「解読力」F(3,559)=4.31,p=0.01,「自己主張」F(3,559)=3.36,p=0.02,「他者受容」F(3,557)=3.39,p=0.02,「関係調整」F(3,557)=3.39,p=0.02及び個人志向性・社会志向性PN尺度では「個人志向性P(肯定的)」F(3,557)=2.88,p=0.04であり,その他の下位尺度に効果を認めなかった。なお,一元配置分散分析で効果の認められた全ての下位尺度では,多重比較検定の結果,2年生が4年生より高値を示した。今回,青年期の人格や心理的発達の過程で個人が重視する基準について個性化を目指す「個人志向性」と社会化を目指す「社会志向性」に区別して測定した。個人の肯定的な(健康的)な側面における自己実現的特性は本研究の結果,男子学生が女子学生より,また4年生よりも2年生でその得点が高くなった。2年生では男子学生が女子学生に比べ,社会との関わりよりも自分の個性や信念を重視する傾向があり,一方4年生では自己の内面の志向から他者や社会を志向し適応しようとする過程が推測され得る。ENDCOREsの「自己統制」「表現力」「解読力」は基本的スキルを「自己主張」「他者受容」「関係調整」は対人スキルと考えられるが,「解読力」を除き他の下位尺度では男子学生が女子学生よりも高かかった。このことから,女子学生に対しては,コミュニケーション,対人関係スキルなどの
社会技能
を高める学内演習を計画する必要性が示唆された。さらに,ENDCOREsの学年別比較では「表現力」を除き,他のスキルで2年生が4年生より高値を示したことから,4年生には社会人として求められる論理的コミュニケーション能力を高める学内演習等を考える必要がある。【理学療法学研究としての意義】本研究の結果,理学療法学生の職業生活意識と
社会技能
には性別及び学年による特徴が見出されたことから,職業生活意識の啓発と
社会技能
の開発にはその特徴に合わせた教育の必要性が明らかとなった。
抄録全体を表示