【目的】 膝前十字靭帯(以下,ACL)再建術後はリスク管理の面から脛骨前方移動量(以下,ATT)の少ない運動が選択されるが,術後6ヶ月頃から競技復帰されるため医学的管理の場面が減少する.したがって,術後6ヶ月時点の身体状態と以降の運動量の程度から術後約1年時のATTに関連する因子を検討することは理学療法の目標を設定するうえで重要である. そこで,本研究はACL再建術後1年時のATTと術後6ヶ月時点の身体状態と以降の運動量の程度の関係を検討することを目的とした.【方法】 当院関節外科で解剖学的2重束ACL再建術(STG腱)を施行し,理学療法を施行した31例31肢を対象とした.男性19例,女性12例,平均年齢30.4±10.7歳,身長159.8±29.2cm,体重67.6±16.4kgであった.合併症は,内側半月板損傷11例,外側半月板損傷4例,内側側副靭帯損傷2例であった. 研究デザインは後向きコホート研究である. ATTは術後1年時の抜釘の際に医師がKneeLaxを用いて計測した. ATTに関連する因子として,膝屈曲筋力体重比(以下,膝屈曲筋力),膝伸展筋力体重比(以下,膝伸展筋力),膝屈曲筋力を膝伸展筋力で除した値(以下,H/Q比),膝関節伸展可動域(以下,伸展可動域),運動量,体重変化の測定,調査を行った.筋力は,CYBEXNORMを用いて術後6ヶ月時に測定した.膝屈曲筋力,膝伸展筋力のピークトルク値を測定し,体重で除した値を体重比として求めた.また,H/Q比は,膝屈曲筋力を膝伸展筋力で除して求めた.関節可動域は,日整会の方法に準じて,伸展可動域を測定した.運動量は,術後6ヶ月~9ヶ月以降の競技復帰度を週1~2回,週3~4回,5回以上に区分した.体重の変化は,術前と術後6ヶ月を測定し,術後6ヶ月を術前の差を求めた. 統計学的処理は,ATTを目的変数とした重回帰分析による多変量解析を行った.膝屈曲筋力,膝伸展筋力,H/Q比,伸展可動域,活動量,体重変化の6項目を説明変数とした.さらに,説明変数の多重共線性を考慮し,膝屈曲筋力,膝伸展筋力,H/Q比の3つの説明変数を同じモデルに含めず,目的変数に対して3つのモデルを立て解析を行った.統計解析には統計ソフトSPSS(StudentVersion16.0)を用い,有意水準は5%とした.【倫理的配慮】 本研究の実施に際して,「ヘルシンキ宣言」と「臨床研究に関する倫理指針」に従った.対象者および親権者には書面および口頭にて本研究の目的と内容に関する説明を行い,書面による同意を得た.また,データ収集,分析,公表では個人情報が特定出来ないようにコード化した.【結果】 ATT0.6±3.4mm,膝屈曲筋力0.9±0.4Nm/kg,膝伸展筋力1.7±0.7Nm/kg,H/Q比0.5±0.2,体重変化1.3±1.8kgであった.ATTの関連因子は,膝屈曲筋力(p=0.036,偏回帰係数3.437),膝伸展筋力(p=0.031,偏回帰係数1.961),体重変化(p=0.033,偏回帰係数0.743)であった.ATTが少ない場合,膝屈曲筋力,膝伸展筋力が高値であること,体重変化が低値であることが関係していた.【考察】 ACL再建術後はOpen Kinetic Chainでの膝伸展筋力強化が制限されることから膝伸展筋力に比べて,膝屈曲筋力が相対的に大きく改善されやすい.つまり,再建術後6ヶ月時のH/Q比は,多くの症例で高値を示しやすいと推測される.そのため,本研究ではATTとH/Q比に関連を示さなかったものと考えた.一方で,膝伸展筋力の強化はATTの増加に関連すると推測されるが,本研究では術後6ヶ月時の膝伸展筋力が大きいほど術後1年時のATTが小さくなるという結果となった.このことから,競技復帰するうえでは,膝屈曲筋力に加えて膝伸展筋力の改善が膝関節の機能的安定性をもたらし,その間接的な効果としてATTの増大の予防に寄与していると考えた.
抄録全体を表示