【はじめに】 踵部底側の荷重時痛(以下、荷重時踵部痛)を呈する病態の一つとして、有痛性踵パッドが挙げられる。有痛性踵パッド初期の病態に対しては保存療法を選択されることが多く、機械的ストレスの軽減を目的とした足底挿板やテーピングの有効性が諸家により示されている。一方、一定期間経過後に足底挿板から離脱したものの、裸足における歩行開始時の荷重時踵部痛(以下、遺残性疼痛)を呈する症例も存在する。しかし、有痛性踵パッドにおける遺残性疼痛についての報告は、我々が渉猟し得た限りでは見当たらない。今回、踵部脂肪体の柔軟性改善および坐骨神経、
脛骨神経
の滑走性改善操作により、遺残性疼痛が軽減もしくは消失を認めた4症例について、若干の考察を加え報告する。【説明と同意】 全症例に対して、本報告の主旨を十分に説明し、同意を得た。【症例紹介】 各症例の発症から受診までの期間は、症例1(60歳代、男性)が6か月、症例2(40歳代後半、男性)が3か月、症例3(50歳代、女性)が8か月、症例4(60歳代、女性)が2か月であり、それぞれ特にエピソードなく両踵部底側に歩行時痛(踵接地時)が出現した。4症例に共通する主な訴えは、遺残性疼痛であり、歩行継続により徐々に軽減を認めた。単純X線像において、全症例に踵骨棘を認めた。理学所見としては、踵骨棘の存在する部位において踵部脂肪体の硬さが触知され、歩行時痛の出現部位と一致する限局した圧痛を認めた。また、梨状筋、坐骨神経、
脛骨神経
に沿った強い圧痛と、股関節内旋位でのブラガードテストにより下肢後面に放散する疼痛、いわゆる坐骨神経症状を認めた。足根管部での
脛骨神経
に圧痛を認めるものの、Tinel徴候は陰性であった。【運動療法および経過】 症例1:足底挿板装着時は、visual analogue scale(以下VAS)にて51mmから0mmとなった。しかし、3週経過後も裸足ではVAS35mmと疼痛が残存していた。踵部脂肪体の柔軟性改善および坐骨神経、
脛骨神経
の滑走性改善操作を追加したところ、初診時より5週間で裸足での疼痛が消失した。 症例2:足底挿板装着時は、VAS72mmから0mmとなった。しかし、4週経過後も裸足ではVAS47mmと疼痛が残存していた。症例1と同様の運動療法により、初診時から6週間で裸足での疼痛がVAS8mmに軽減した。 症例3:朝起床時における踵部底側の疼痛が、VAS100mmと著しかった。踵部脂肪体の柔軟性改善により初診時から4週間後には62mmまで軽減を認めた。その後、坐骨神経、
脛骨神経
の滑走性改善操作を追加し、初診時から16週で裸足での疼痛が消失した。本症例には足底挿板を作成しなかった。 症例4:踵部脂肪体の保護を目的としたテーピングによりVAS62mmから0mmとなったが、裸足歩行では疼痛が再燃した。症例1と同様の運動療法により、初診時から3週間で裸足での疼痛が消失した。【考察】 踵部脂肪体は、踵部底側にかかる荷重負荷や衝撃の分散・吸収機能を担っている。矢部らは、「踵部脂肪体に強い衝撃など何らかの機械的ストレスが加わり、硬度低下・減少により踵骨下縁部が容易に触知でき、同部に荷重時痛、圧痛を認めるもの」を有痛性踵パッドと定義している。有痛性踵パッド初期における病態は組織の損傷が主体であるため、足底挿板やテーピングを用いて機械的ストレスを軽減し、組織を修復させることが優先される。しかし、今回の4症例は、発症から2か月以上と比較的長期の経過をたどっていた。歩行継続にともない、遺残性疼痛が徐々に軽減する現象は、癒着・瘢痕などによる踵部脂肪体の硬化が、踵部底側にかかる荷重負荷や衝撃の分散・吸収機能を低下させて生じた疼痛であると考えられた。そこで、踵部脂肪体の柔軟性改善操作を行ったところ、疼痛の軽減が得られた。有痛性踵パッド陳旧例において、遺残性疼痛は、踵部脂肪体の硬化が要因であり、柔軟性改善操作の有効性が示唆された。また、踵部底側の知覚に関与する末梢神経は
脛骨神経
内側踵骨枝である。
脛骨神経
内側踵骨枝の中枢部にあたる坐骨神経、
脛骨神経
の滑走性改善操作により荷重時踵部痛の軽減や消失を認めており、これらの末梢神経が踵部底側の疼痛に影響を及ぼしている可能性がある。ゆえに、有痛性踵パッド陳旧例の遺残性疼痛に坐骨神経症状が合併している症例では、踵部脂肪体の柔軟性改善に加え、坐骨神経および
脛骨神経
の滑走性改善が必要であると考えられる。
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