脊髄損傷の治療法として,細胞移植は広く研究されている.我々は,骨髄間質細胞や脈絡叢上皮細胞の移植の効果を調べ,その有効性について報告してきた.
最近,脊髄損傷の研究,特に細胞移植では,考慮しなければならない問題があることが分かってきた.脊髄損傷によって,脊髄の中枢神経の環境(以下,中枢環境)は破られ,多くの脊髄組織が非中枢神経の環境(以下,末梢環境)にさらされるということである.そして,中枢環境が保持されるように速やかに両環境間にシールドが築かれる筈である.シールドとは,具体的には恐らく基底膜の形成であろう.中枢環境では,オリゴデンドロサイトのようなグリア細胞が中心として軸索のための環境を保持するであろう.一方,末梢環境に露出された軸索はシュワン細胞によって保持されるであろう.
移植細胞が中枢神経由来の場合は,残存する中枢環境内に生存し,非中枢神経由来の移植細胞の場合はコラーゲン線維などの結合組織成分の支持によって末梢環境に生存する.この現象は2010年に発表した我々の論文で示されている.
移植細胞の挿入場所はこの組織学的な原則に従う必要がある.上衣細胞のような中枢神経由来の細胞は中枢環境へ,骨髄間質細胞のような結合組織由来の細胞は末梢環境に入れなければならないことを考慮すべきであろう.
中枢環境にはコラーゲンのような支持組織が存在しない.見たところ,グリア細胞のような細胞同士の繋がりによって組織構造が保たれているようである.一方の末梢環境では,コラーゲンが組織の骨格を作り,シュワン細胞が主な支持細胞となっている.
我々は,脊髄中心管を作る上衣細胞が脊髄の損傷によって自己増殖することを明らかにした.脊髄の内在性細胞が幹細胞として作用することを示唆する所見である.これは,中枢神経が再生する可能性を示唆する重要な所見である.移植に用いる細胞として考えるなら,この細胞は中枢環境に移植しなければ生存し得ない細胞である.
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