【はじめに】 本症例は、大腿骨遠位端骨折に対しプレートによる内固定をされたが、偽関節を生じ、高度の内反と疼痛増悪、TKA適用困難のため膝関節固定術施行に至った症例である。これまで膝関節固定者に対する詳細かつ縦断的な歩行動作解析を行った報告はないことから、本報告により膝関節固定術後症例の歩行動作解析と本症例に対するアプローチによる変化を示したい。
【症例紹介】 50代男性。X年6月、機械整備中に墜落し受傷。右大腿骨顆上骨折の診断にて右大腿創外固定後、翌週にORIF(プレート固定術)が施行された。X年12月、疼痛が増悪し、大腿骨偽関節手術を施行された。X+1年4月退院するも、同年10月に疼痛が再増悪、当初TKA施行予定であったが、困難との事よりX+1年10月、プレートによる膝関節固定術を施行された。同年12月に退院し復職に至った。その後、外来リハビリテーションを継続し、X+2年3月に復職後の再評価を実施した。
【評価とリーズニング】 プレート固定後の身体機能に関して、関節可動域は右膝関節が0度固定となっていることに加え、右足関節背屈が5度と制限を認めた以外は、著明な制限を認めなかった。筋力はMMTにて下肢体幹ともに5であった。動作能力として10m歩行(Max)は5.33秒、6分間歩行は515m(Borg scale 8)と良好な成績であったが、VR機能を備えた三次元動作解析システムGRAIL system(Motekforce Link)にて歩行解析を実施すると、歩行周期全体を通して下肢三関節ともに歩行周期ごとのバラつきが大きく、股関節外転内転角度は非術側も含め、運動範囲が必要以上に大きく、遊脚初期には外転角度を大きくする、 “ぶん回し様歩行”を示した。立脚初期における特徴としては非術側股・膝関節は屈曲角度を大きくした接地を示し、床反力1stピーク値は大きい値を示した。立脚中期から終期における特徴としては、術側股関節最大伸展角度の出現は遅延し、術側足関節最大底屈角度は減少、床反力2ndピーク値も低値を示した。
【介入内容および結果】 理学療法評価による個々の身体機能は高い状態を備えていながら、歩行が特徴的となっている要因として「術側立脚終期の不成立」を一番の要因と捉え、術側非術側の股関節周囲筋出力の増大、術側足関節・足部機能改善(特に立脚終期を構成するWindlass機構の成立と下腿筋柔軟性改善)を主目的に外来リハビリテーションにてフォローした。
再評価時の身体機能に関して、関節可動域は右足関節背屈が10度と改善、下肢体幹筋力はMMTにて5と変化はなかった。動作能力においても10m歩行(Max)は5.87秒、6分間歩行は495m(Borg scale 5)と著明な変化は認めなかった。歩行解析では術後に認められた歩行周期ごとのバラつきは減少し、各関節において算出される過剰なモーメントの値も減少を示した。股関節は術側非術側ともに屈曲優位であった関節運動範囲が伸展方向に変位し、立脚中期から終期にかけて非術側の膝関節伸展に加え足関節過背屈の抑制が可能となった。また、遊脚初期の股関節外転角度変化は小さくなり、“ぶん回し様歩行”は改善した。ただ、術側に認められた立脚中期から終期における特徴である、股関節最大伸展角度の出現遅延、術側足関節最大底屈角度減少、床反力2ndピーク値減少は残存した。歩行解析結果からは効率的な変化を認めたが、まだまだ復職等の社会復帰を想定すると患者満足度としては低い結果であった。
【考察と結論】 膝関節固定に関する研究は、感染症や歩行補助具の有無など術後成績に関する報告は少ない。国内の学会ではいくつか報告があり、赤松らはぶん回しや外転歩行により全体的な歩行周期が延長するとともに固定側のつま先圧が有意に低下すると報告し、江原らは固定側の駆動要因が著明に低下すると報告している。本症例における再評価の際に残存した①股関節最大伸展角度の出現遅延、②術側足関節最大底屈角度減少、③床反力2ndピーク値減少は先行研究と共通しており、膝関節固定術後患者の歩行の特徴と考えられた。理学療法アプローチにおいても本特徴を踏まえ、先んじてその改善・強化の更なる必要性がうかがえた。理学療法評価の範囲内での高い身体機能や歩行パフォーマンス、歩容の改善を認めても、術後半年時点での患者満足度とのギャップは大きい。このような縦断的かつ客観的なデータの提示と目標の共有は不可欠であり、少しでもその改善に寄与できるのではないかと考える。
【倫理的配慮,説明と同意】所属施設における倫理委員会の許可を得た(30-06)。対象にはヘルシンキ宣言をもとに、保護・権利の優先、参加・中止の自由、研究内容、身体への影響などを口頭および文書にて説明をし、同意を得たうえで計測を行った。
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