私達の研究は,脳の意思決定の神経基盤の候補として,機械学習のアルゴリズムに注目している.脳活動と機械学習の共通点や違いを,マウスで検証する.私達の最近の研究では (Ishizu et al, bioRxiv, 2023),マウスで,感覚刺激と報酬情報を統合する大脳新皮質の回路に注目した.ベイズ推定では,曖昧な感覚刺激に基づく行動決定では,感覚刺激だけでなく,報酬量や感覚刺激の予測 (事前知識) が,行動の最適化に重要である.このとき事前知識は,将来の行動の更新のために,脳内で保持される必要がある.意思決定の神経基盤検証で,従来研究の多くは,単一の脳領野の神経活動に注目した.そのため,大脳新皮質の複数領野が,どのように事前知識と感覚刺激を統合し,行動に結びつけるかは不明瞭である.本研究は,頭部固定マウスで,音周波数弁別課題を実施し,内側前頭前野・運動野・聴覚野の神経活動を電気生理学的に計測した.
音周波数弁別課題でマウスは,音刺激の周波数 (低・高) に応じた左・右スパウトの選択で,報酬のスクロース水を得た.同課題は,事前知識の導入のために,左右スパウトの報酬量を約100試行で切り替えた (報酬量バイアス:3.8-1.0 ulから1.0-3.8 ul, 左-右).また,事前知識と感覚刺激のバランス操作のために,音提示時間を0.2秒・1.0秒用意した (音の不確実性操作).音提示時刻が1.0秒の長音試行の場合,0.2秒の短音試行に比べて,マウスの周波数弁別は正確であり,報酬量依存の行動バイアスも少なかった.この結果は,マウスが音の周波数だけでなく,音の長さや報酬量に依存して,行動を選択することを示す.
上記の課題時に,内側前頭前野・聴覚野・二次運動野の神経活動を,Neuropixels 1.0で計測した.内側前頭前野の細胞群は,事前知識と感覚情報を統合し,行動選択に重要な価値関数を表現した.一方,聴覚野と二次運動野の細胞集団は,それぞれ,音刺激と行動選択を選択的に表現した.これらは,マウスの大脳新皮質による局所表現を示唆する.一方,機械学習での神経活動解析は,3領野全てによる事前知識表現を発見した.これらの結果は,大脳新皮質が局所表現・大域表現の両方で,ベイズ型行動選択を表現することを示唆する.
上記の研究成果とともに,今回の発表では,音周波数弁別課題時のマウスの身体運動を,実時間駆動の人工神経回路網 (Recurrent neural network) でモデル化する試みを紹介する.この研究は将来,パソコン上で脳の神経回路を再現する「Mouse digital twin」を目指している.
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