抄録
本研究は、ブルーノ・タウト氏が昭和初期に来日した際に高崎市で制作された工芸品「タウトの竹編み」に焦点を当て、タウト氏の思想を探ることを目的としています。 残された「タウトの竹編み」工芸品やデザイン、関係者への調査などからタウトの哲学を解明します。
まず、タウト氏を招聘した当時の高崎市の状況を明らかにする。 続いて、高崎の工芸運動と「タウトの竹編み」、「タウトの竹編み」の革新、高崎のバウハウスを目指す地域の工芸運動、日本の気候と「タウトの竹編み」の関係などの内容を追う。
本研究の課題は、来日後のタウトのアジアへの憧れと日本文化を理解することにより、「タウトの竹編み」を通じた哲学の深化を明らかにすることである。