東アジアへの視点
Online ISSN : 1348-091X
経済のグローバル化と中国長江デルタ住民の消費行動 −CGEモデルによる−
袁 小慧範 金王 凱厳 斌剣坂本 博
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2013 年 24 巻 3 号 p. 26-37

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抄録

中国の対外開放が進むにつれ,経済のグローバル化の影響を受けるようになった。グローバル化により,経済成長が見込めると同時に,住民消費も大きな影響を受けるようになる。しかもそれは貿易,投資といった物質面での影響だけではなく,精神面,即ち国際間の文化,スポーツ,旅行やインターネットなどの交流による影響も受けるようになった。2010 年の上海世界博覧会と長江デルタの国家戦略の実施により,長江デルタ地区は中国経済で最も発達した地区となり,それが中国の経済成長を牽引している。グローバル化によるこの地区の都市と農村の住民の消費行動への影響を研究することは,重要な意義があると思われる。資本,製品,人材と情報が全世界を流通するにともない,長江デルタ地区の農村と都市部住民の収入は絶えず増加している。都市部世帯のサンプリング調査によると,2012 年の江蘇,浙江および上海の都市部住民1人当たりの可処分所得はそれぞれ2万5,979元,3万4,550元,4万188元に達し,2002年と比較して,それぞれ2.2,1.6,1.7倍に増加した。農村部世帯のサンプリング調査に よると,2012 年の江蘇,浙江および上海の農村部住民1 人当たり純収入はそれぞれ1 万2,202 元,1万4,552 元,1万7,401元に達し,2002年と比較して,それぞれ1.7,1.6,1.5倍に増加した。一方,長江デルタ地区の住民の消費水準も上昇している。都市部住民を例に,グローバル化により,長江デルタ地区の都市部住民の消費支出は1人当たり年平均10%程度増加し,2012 年の江蘇,浙江および上海の都市部住民1 人当たりの消費支出はそれぞれ1万8,825元,2万1,545元,2万6,253元に達した。その中で,上海の都市部住民1人当たりのサービス支出は7,955元に達し,2002年と比較して,4倍以上となっている。明らかに,グローバル化は外資を呼び込むことができるのと同時に,住民の消費行動に対してもとても大きな影響を与えている。  それ以外に,2007年の下半期以降,米国のサブプライム問題や中国のマクロコントロール政策の影響を受け,国内外の生産活動と貿易環境はとても大きな変化が発生し,同様に中国各地域に対しても,これらの影響が住民の消費行動に影響を与えている。よって,物質面と精神面のグローバル化による中国住民による消費行動の変遷を研究することは,やや陰りがみえてきた中国の経済成長を再び高度成長にする上で,重大な現実的意義や深い戦略的意義があると思われる。  そこで,本研究では外資流入や輸入関税の変更を物質的なグローバル化と仮定し,消費性向の変更を精神的なグローバル化と仮定しながら,長江デルタ地区のグローバル化の過程および住民の消費行動の状況をモデル化する。さらに,長江デルタを江蘇(省),浙江(省)および上海(市)にわけ,多地域,多産業のモデルを構築する。  経済のグローバル化に関する研究は国際的な関心がもたれているが,Kónya and Ohashi (2004)はグローバル化によるOECD 国家の住民消費の相違について研究を行い,消費水準の収斂傾向を確認している。また,Jams(2000)はグローバル化により先進国が発展途上国に対して消費行動の模範的役割と伝達の役割をはたしていると主張している。グローバル化による中国経済への影響について,Fujita and Hu(2001)は空間経済学の理論に基づき,海外直接投資(Foreign Direct Investment:FDI)と輸出入をグローバル化の指標として仮定し,1985~94年における,中国の地域経済への影響を研究している。しかし,グローバル化による中国の住民消費への影響に関する研究は比較的少ないと思われる。中国国内の学者によるグローバル化の研究では,主に外資の利用と多国籍企業の研究が多く,それ以外では,産業革新,デジタルデバイド,所得格差などの問題が多い(劉,馮,2002;劉,呉,2005;万,張,2008)。また,物質面でのグローバル化の影響の研究が多く,精神面でのグローバル化についてはあまり研究が行われておらず,さらに消費についての研究も少ないため,本研究の意義は大きいと思われる。消費に関する計量分析では主に線形の支出システムが採用され(包,範,瀋,1998;藏,孫,2003),弾力性の分析を通じて,政策決定のための情報を適用する。しかし,これは部分均衡の考え方をもとにしており,シミュレーションに基づく政策議論には適さない。一方で,応用一般均衡(Computable General Equilibrium:CGE)モデルに代表される一般均衡分析では,「厳 密な経済理論に基づき,モデル内で変数が相互に影響し,非線形システムも採用可能で,価格も内生化可能」(鄭,樊,1999)といった特徴をもつ。特に,シミュレーション分析ができることから,政策分析の重要なツールの1つとなっており,貿易,税収,エネルギー,環境,経済発展や経済成長などのさまざまな領域で広範に研究が行われている(Brown et al.,1996;Giesecke and Madden,1997;Curler and Strelnikova,2004)。最近では,中国でも盛んにCGEモ デルによる研究が行われ,WTO,環境,エネルギー,税収改革,金融,企業改革,貿易自由化,年金問題,台湾との「三通」政策など,多くの研究成果がえられている(鄭,樊,1999;李,翟,徐,2000;周,鄧,1998;Wang et a1.,2004)。本研究でもCGE モデルを使用することで有益な政策分析ができるものと考えている。そのため,経済のグローバル化による中国,特に長江デルタの住民の消費行動に対する影響を全面的に評価するために,本研究では,物質面と精神面の2 つのグローバル化にわけてCGE モデルを用いて比較静学分析を行うことにする。

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© 2013 公益財団法人 アジア成長研究所
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