日本地理学会発表要旨集
2003年度日本地理学会秋季学術大会
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八丈島における花卉園芸農業の形態
*山下 太一
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p. 65

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抄録
1.研究の目的と方法 本研究の目的は,八丈島を研究対象地域とし,八丈島における花卉園芸の発展過程および八丈島の花卉園芸農業が,どのような状況にあるかを明らかにすることにある。 2000年農業センサスと2001年八丈町農業統計調査によれば,八丈島において花卉園芸の特に盛んな集落は中之郷と三根である。この両集落を中心として,八丈島の花卉園芸農業に関する調査を,主に聞き取り調査により実施している。2.結果 八丈島に花卉園芸が導入される以前には,農家は酪農や木炭生産などで現金収入を得ていた。花卉園芸が導入された時期に関しては,二つの説があり1916年または1920年とされている。八丈島で本格的に花卉園芸が行われるようになったのは,1937年からである。これは,八丈島でフェニックスロベレニーの栽培が可能なことが島民に知られ始めたことによる。その後,第二次世界大戦が始まると,不要不急な作物としての花卉は栽培されなくなった。第二次世界大戦後には花卉園芸が復活し,現在に至っている。 2000年の農業センサスによれば,八丈島の経営耕地面積に対する花卉類栽培面積割合は約56%であり,花卉園芸の占める割合が最も高い。花卉は露地および施設により栽培されている。なかでも,この施設栽培が進行するにつれて,花卉園芸農業の経営形態における集落ごとの違いが顕著に現れてきた。 中之郷では,集落の南東に小岩戸ヶ鼻と呼ばれる突端部が存在する。この突端部が台風による南東からの強風を防ぐ役割を果たしている。また,集落の北から北西部に位置する三原山が,冬季の西および北西からの季節風を防ぐ役割を果たしている。そのため,中之郷では風害を受けにくく,施設栽培が多くみられる。中之郷では専業農家が多く,花卉栽培に積極的に取り組む農家が多い。そのため,中之郷の農家は施設栽培と露地栽培を組み合わせた農業を行なっており,多品種の花卉類栽培を行なっている。中之郷での花卉の種類をみると,観葉植物や花卉の鉢物栽培を主力としている。それらに自家用の野菜・イモ類を組み合わせた農業経営形態が,中之郷の特徴である。 一方,三根では中之郷に比べ風をさえぎるものが少なく,台風や季節風などの風害を受けやすい。そのため,施設栽培を行なう農家は少なくなっている。三根では中之郷に比べて兼業農家が多く,省力化のはかれる作物を導入する傾向が強い。省力化を進めるため,花卉の種類や品種を絞り込んでおり,切葉・切花を主体とした花卉栽培を行ない,農業投下労働時間を節減している。また,露地栽培を主体とし,施設の維持・管理に必要な作業を節減することによって省力化をはかっている。すなわち,三根では観葉植物を主体とした花卉類が露地で栽培されている。花卉類のほかに,島内消費用の野菜・イモ類の栽培も行なわれている。省力化のはかれる花卉類を,露地を主体に栽培するというのが三根の花卉栽培である。 以上をまとめると,中之郷と三根では,それぞれの集落が立地する地形的要因と農家形態の違いが,施設栽培の進行に差異を発生させた。そして,施設栽培の進行具合や農家形態の違いが,花卉類の栽培品種や栽培方法に影響をおよぼし,中之郷と三根における農業経営形態の差異が発生した。八丈島は狭い島であるにも関わらず,農業経営形態に地域的に差異がみられる。〈参考文献〉大村肇(1959):『島の地理』大明堂,197.増井好男(1997):八丈島における花卉園芸農業の発展と地域振興.農村研究,78,41_から_52.
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© 2003 公益社団法人 日本地理学会
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