抄録
1.問題の所在日本の女性労働の特徴として,年齢を横軸に,就業率を縦軸にとった時のカーブがM字型をなすことが挙げられる.M字のうち一つ目の山は未婚女性の正規雇用に,二つ目の山が既婚女性の非正規雇用に対応すると説明されてきた.しかし現在では,M字の谷は浅くなってきており,谷に当たる30歳代においても,過半数の女性は就業している.これは結婚・出産を経験しても正社員として就業を継続する者が多く存在すること,一旦就業を中断する場合でも,中断および復帰の時期が個人によって異なっていることを表している.このような既婚女性の就業形態の多様化は.パートやアルバイトなどの非正規雇用の増大と関連づけられる.そして就業形態の多様化は,既婚女性の労働に対する意識や行動の多様化にもつながっていると考えられる.本発表は,子供の有無およびパートタイムとフルタイムの差異を軸に,既婚女性の労働に対する意識および実際の就業行動を分析し,その多様性を明らかにすることを主な目的とする.2.子供の有無と雇用形態別にみた属性 本発表では,週あたりの労働時間が40時間未満かつ年収が300万円未満の者を,便宜的にパートタイムとし,それ以外をフルタイムと見なした.本発表は,これに子供の有無をクロスさせた4類型に基づいて進める.職業は,フルタイムはパートタイムに比べて,本人,夫ともに専門技術・管理職従事者が多い.通勤時間は,子供ありの場合にはパートタイムで短くフルタイムで長い傾向が明確である.しかしフルタイムだけを取り出して比較した場合,子供の有無による通勤時間の違いはほとんど無い.また,フルタイムにおいて夫の通勤時間と労働時間がともに長い傾向が,子供ありの場合にのみ認められる.なお,夫の年収は類型間での差異が少ない.3.仕事に対する意識 子供なしの場合について,出産後の就業継続の意志を見ると,フルタイムでは約半数が継続志向,パートタイムでは約半数が非継続志向と明確に区分される.仕事とプライベートのバランスについては,パートタイムのプライベート志向が顕著である.また,昇進意欲はフルタイムにおいて強い傾向がある.以上のように既婚女性では,フルタイムにおいて労働に対する意欲が高く,パートタイムは家庭志向であるといえる.こうした傾向は子供なしグループにおいて特に強い.その理由として,出産までは就業意欲が弱い女性でもパートタイムなどで働くことが多いが,逆に出産後はある程度就業意欲が高い者しか労働市場に復帰しないということが考えられる.4.出身地と親族の支援 対象者の出身地は,パートタイムとフルタイムによる差は小さく,むしろ子供ありにおいて非東京圏の出身者が少ない傾向がある.家事・育児については,パートタイムの場合は,子供の有無にかかわらず大部分を調査対象者である妻が担っている.妻の以外の家事・育児分担者では,子供なしの時点では夫が,子供ありになると両親(夫の両親を含む)がそれぞれ重要である.特に子供ありのフルタイムでは,家事・育児に関して親の支援を受けている者が3割程度に上る.これを出身地と関連づければ,非東京圏の出身者は,親の支援が期待できないため,出産後も就業を継続することが難しく,そのことが子供の有無による非東京圏出身者の割合の差異につながっている可能性が指摘できる.5.まとめ 既婚女性の労働に対する意識や行動は,子供の有無よりも,むしろパートタイムとフルタイムの間における差異が大きいといえる.これに対し,本人の意志とは無関係な出身地は,子供の有無によって有意な差がある.今後は働く女性に見られる多様性が,個人の意志に基づく選択の結果なのか,諸条件の差異によって半ば自動的に決まってくるのかに関する分析と議論を蓄積する必要がある.