抄録
濃尾平野と養老山地を分化させてきた養老断層は,1586年天正地震,および,745年天平地震の震源断層であると考えられている(須貝,2011など).養老断層の活動に伴う斜面崩壊と土石流によって,養老断層崖麓に発達する扇状地群は,間欠的に成長してきた可能性がある(須貝・柏野,2011など).本発表では,これらの土石流扇状地群の露頭調査とAMS-14C年代測定に基づき,土石流の発生時期について議論する.本発表で新たに示す年代測定値5点は,2011年度パレオラボ(株)「災害履歴に関する研究助成」によって行われた.記して感謝申し上げる.土石流扇状地の特徴と年代試料養老山地東麓には,養老断層を覆うように,合計31個の扇状地が分布している.各扇状地の涵養域は,断層崖を刻む必従谷流域である.換言すれば,養老断層崖は,主に31の河川流域に分割でき,各河川の谷口には例外なく扇状地が発達している.これらの扇状地は,1)扇面勾配が33~240‰と急なこと,2)上方粗粒化する亜角礫層と腐植質シルト層の互層が認められること,3)礫層の平均最大径は-10φ~-7φに達すること,などから,間欠的に流下・堆積を繰り返す土石流によって成長してきたと判断される(柏野,2007MS).完新世扇状地の扇面面積は,集水域面積の0.85乗に比例する(n=31, 相関係数r=0.85).指数が1.0に近いことから,集水域全域で万遍なく土砂が生産され,麓に移動し,扇状地を形成したと解釈でき,断層崖の平行後退を示唆する.① 養老断層の北から3番目の谷がつくる扇状地,② 断層北部の小倉谷扇状地の扇頂付近,③ ②の南隣の今熊谷扇状地の扇央付近,④ 養老断層の北から25番目の谷がつくる扇状地,の計4箇所で,露頭調査を行った.層厚10~数10 cmの角礫層からなる堆積ユニットとそれを覆う腐植質土壌層のセットが2~5回累重していた。扇状地堆積物にみられる腐植層と礫層の互層は,扇面は,地震間に植生に覆われて安定的であるが,地震時に流域全域(断層崖全体)からの土砂供給によって,数10 cmの層厚で巨礫に覆われる可能性を示す。崩壊が多発し,土石流は,地震間にやや掘り込んだ流路内を通過しきれずに,扇面全体を覆う可能性が高い。これらの腐植質層のなかから8層準,9箇所でAMS-14C年代測定を行った。土石流の推定発生年代と養老断層活動時期礫層に挟まれた腐植質堆積物のAMS-14C年代値は,新しいものから順に (1) 天平大地震後,天正大地震前(*820±17 calyrBP±1σ,*1,005±18,1,130±60),(2) 紀元後,天平大地震前(1,850±50),(3) 2,100±50,(4) *3,250±20,(5) 4,850±50,(6) *5,485±20,(7) ヤンガードリアス紀(*11,310±35)を示した。* はパレオラボによる研究助成による。以上から,礫層の堆積年代は順に,おおよそ (A) 820 calyrBP以降,(B) 1,850~1,130 calyrBP,(C) 2,100~1,850 calyrBP,(D) 3,250~2,100 calyrBP,(E) 4,850~3,250 calyrBP (F) 5,485~4,850 calyrBP頃と推定できる.そして,(A) は1586年天正地震,(B) は745年天平地震,(C) は2,100年前頃の地震,(D) は3,600年前頃の地震,(E) は4,000年前頃の地震,(F) は5,700年前頃の地震(C~Fの地震の年代は,Naruhashi et al, 2008; Niwa et al, 2011に基づく)を誘因として,各々堆積したと考えて矛盾しない.山麓扇状地は,液状化リスクは低いかもしれないが,地震動を誘因とした土砂災害のリスクを想定した流域管理や土地開発が必要であろう。