抄録
Ⅰ.はじめに
各都道府県は地域医療計画によって,入院医療を完結させるための地理的範囲として二次医療圏を設定している。しかし,長崎県の離島を多く抱える二次医療圏は,少子高齢化と医師不足から,自圏内で必要な医療サービスを提供するには限界がある。そこで,離島地域の医療計画は,本土の支援を受けながら,必要最小限の医療サービスを維持しようとしている。本発表では,少子高齢化と人口減少の進む長崎県上五島地域を事例として,離島の医療供給体制を把握する。そのうえで,近年みられる医療供給体制の再編成のプロセスを概観し,今後超高齢社会を迎える日本の医療供給体制のあり方を考察する。
Ⅱ.新上五島町の医療供給体制の概要
長崎県における医療供給体制の特徴は,①一般病床は全県を通じて多い一方,離島では療養・回復期病床が少ないこと,②長崎,佐世保県北,県央と,県南,離島地域の医療供給体制の格差である。
長崎県の離島医療は,1968年に長崎県と離島市町村が一体となって設立した長崎県離島医療圏組合が病院経営を実施し,医療施設の充実と医師の確保に努めてきた。
新上五島町は2004年8月,5町(若松町,上五島町,新魚目町,有川町,奈良尾町)が合併したことにより誕生した。新上五島町では,医師や看護師の勤務環境や生活環境が悪化しているために補充しにくい状況にある。一方,2006年度の若松・新魚目両町立診療所の医業収入は,合計約2億円の赤字であった。診療所における外来患者数,入院患者数ともに毎年減少しており,2008年度の病床利用率は,若松診療所が37%,新魚目診療所が17%と低く,今後も減少が予想されている。同町内に立地する3病院については,2009年4月から長崎県が新たに設立した長崎県病院企業団によって運営されることになった。
Ⅲ.新上五島町の医療供給体制の再編プロセス
このような状況を踏まえ,町立診療所と企業団病院を含めた町全体の医療体制のあり方を検討するため,上五島病院の名誉院長を委員長とした15名で構成する「医療体制のあり方検討委員会」が設置され,2008年3月,報告書が提出された。この報告書の提出を受けて,新上五島町は2009年6月,「新上五島医療再編実施計画」を策定した。
この計画に基づき,入院機能は基幹病院である上五島病院(186床)に一極集中させる一方,2009年11月に有川病院(現有川医療センター),2010年10月に新魚目診療所と若松診療所,2011年4月に奈良尾病院(現奈良尾医療センター)をそれぞれ無床化した(図)。その結果,同町内における病床数の合計は,334床から186床にほぼ半減した。
一方,上五島病院では,医師数が2010年4月の17人から2012年4月の22人に増加した。また,上五島病院の看護師不足も解消され,高い診療報酬が得られる看護師の配置基準を満たしている。さらに無床化した有川医療センターは,人工透析機能を6床増加し20床にし,東神ノ浦へき地診療所,崎浦地区へき地診療所,太田診療所へ医師の派遣を行っている。奈良尾医療センターは,岩瀬浦診療所への医師の派遣および訪問看護ステーションの設置により,在宅医療に取り組んでいる。新魚目診療所では,2名の医師が3診療所に週一回交替で出向き,一次医療と予防医療に取り組んでいる。若松診療所においても,2013年4月以降,1名の医師が増え,日島診療所における週一回の診療を行っている。
加えて,上五島病院を中核とした医療情報ネットワークを構築することによって,病院と診療所間の情報共有を図っている。3次救急については,画像伝送システムとヘリコプター搬送を導入することで,本土専門病院の支援を受けている。こうして,新上五島町の医療供給体制は,旧町別水平分散モデルから,遠隔医療と医師派遣を活用した一極集中型階層モデルへと再編成された。今後の課題として,アクセシビリティ改善のための交通利便性の確保や,在宅医療支援のための多職種間の情報共有を指摘できる。