抄録
世界的にみた場合,日本の地理教育の特色の一つは,地誌学習及びその成果として期待される地誌的知識1が極めて重要視されてきたことである(志村 2014)。とりわけ,現行の平成20/21年版学習指導要領は,中学校社会科地理的分野を中心に地誌的内容を従前の版に比べ大きく組み込むとともに,動態地誌的学習はじめ学習論としても新しい方向を提示した。そして現在,中学校では全面実施から2年を終え,実践現場で現行版の地誌学習をめぐる実態・成果・課題が明らかになりつつある。そこで本公開シンポジウムは,この機会に学校地理教育における地誌学習の現状・課題を理論的にも実践的にも検討し今後を展望することが適切との判断から,日本地理学会地理教育専門委員会(井田仁康委員長)と同委員会委員を含む3名のオーガナイザーとの共催として企画された。
日本地理学会内では,これまでも地誌学習に関する様々な議論・検討が重ねられ,その成果を学界内外へ発信してきた(例えば,秋本 2012)。最近の学術大会においても上記教育動向を反映し,2010年春季大会(法政大学)ではシンポジウム「地理学習論の再構築―地誌学習論,主題学習論,巡検学習論をめぐって―」が,2013年春季大会(立正大学)ではシンポジウム「地誌学と地誌教育(諸地域学習)」が開催されている(山口ほか(2011),松井ほか(2013))。一方,日本の地理・社会科教育研究では,地理学をベースとして重視する潮流(地域・環境重視派)と社会科の理念・社会認識形成を重視する潮流(社会・構造重視派)の二極化が指摘され(草原 2007),地理教育の新しい展開に向けた両者の交流が期待されている(戸井田・吉水・岩本 2013)。
今回のシンポジウムは,これら先行研究成果・指摘をふまえ,地理教育における喫緊の臨床的課題である地誌学習に焦点を絞り込むとともに,社会科教育といった教科教育学研究との関係性・交流を重視することで,地誌学習研究の一層の進展及び教育実践の改善・発展の方途を探ることを目的としている。
註 1)イギリス(イングランド)ではここ数年,地理学習固有の「知識・理解」として地誌的知識をどのようにカリキュラムへ位置づけるべきか論争が生じている(伊藤 2012)。
文献
秋本弘章 2012.地誌学習再考.E-journal GEO 7(1):27-34.
伊藤直之 2012.イギリスにおける地理カリキュラム論争―スタンデッシュとランバートの教育論に着目して―.社会科研究 76:11-20
草原和博 2007.学界展望 地理教育.人文地理 59(3):37-38.
志村 喬 2014.国際地理学連合(IGU)の地理教育委員会(CGE)にみる地理教育研究潮流と日本.人文地理 66(2):30-50.
戸井田克己・吉水裕也・岩本廣美 2013.近年の日本における地理教育の展開状況-1980年代以降を中心に.新地理 61(3):19-40.
松井秀郎ほか 2013.地誌学と地誌教育(諸地域学習).E-journal GEO 8(1):180-183.
山口幸男ほか 2011.地理学習論の再構築―地誌学習論,主題学習論,巡検学習論をめぐって―.E-journal GEO 6(1):94-103.