抄録
現在、過剰な人間活動によりサンゴ礁は急速に変化しつつある。地球規模での要因としては、温室効果ガスの排出による気候変動があり、水温上昇はサンゴと褐虫藻の共生関係を損ない、サンゴから褐虫藻が放出されたり褐虫藻自体が劣化したりしてサンゴの白化現象を招く。白化したサンゴは褐虫藻からの光合成生産物を得ることができずいずれ死んでしまう。1998年夏の高水温で世界中のサンゴが白化し、地球温暖化との関連が盛んに議論されるようになった。水温上昇はこうした白化という負の影響を与えるだけではなく、サンゴの生息が困難な温帯域では、水温上昇がサンゴの分布域の北への拡大を招く可能性もある。また、二酸化炭素が海水に溶け込んで起こる「海洋酸性化」は、サンゴの石灰化を阻害してサンゴの衰退を招く可能性が高い。実際に、海底から二酸化炭素が吹き出している海域では、サンゴの分布が観察されない。
一方、地域規模の要因もサンゴに大きな影響を与えている。沖縄では、日本復帰以降、土地開発により陸域から赤土が海域に流れ出し、赤土が積もってサンゴが大量に死んでしまった。この状況を受け、沖縄県は1995年10月に「沖縄県赤土等流出防止条例」を施行し、工事現場からの赤土流出が規制されるようになったが、農地からの赤土流出はまだ観察されており、以前問題は続いている。
サンゴ礁の保全には、上記のようにグローバルな視点とローカルな視点の両方が必要とされる。特に、グローバルな影響の代表的なものである気候変動に関しては、温室効果ガスの排出を減らす「緩和策」が必須であるが、同時に影響に対応する「適応策」を進めていく必要がある。気候変動の影響への適応策に関しては,国内では,気候変動の影響による被害を最小化あるいは回避し,迅速に回復できる,安全・安心で持続可能な社会の構築を目指すために「気候変動の影響への適応計画」が2015年11月27日に閣議決定された。その中では,「農業・林業・水産業」,「水環境・水資源」,「自然災害・沿岸域」,「自然生態系」,「健康」,「国民生活・都市生活」の7つの分野において評価が行われ,自然生態系分野では「生物多様性分野における気候変動への適応についての基本的考え方」が2015年7月に環境省自然環境局により示された。
サンゴ礁において特に重要なものは、気候変動の影響を受けにくい場所の検出とその優先的な保全、気候変動以外のローカルな影響の検出とその低減であろう。グローバルなスケールでの気候変動影響の評価においては気候学・海洋物理学と生物学・地学を統合し、場の特徴をとらえるアプローチが必要となり、ローカルな対策立案においては、サンゴ礁を陸域とつながった場としてとらえる必要がある。例えば陸域からの赤土削減には、サンゴなど生物分布調査に基づく赤土流出削減目標の設定、赤土流出源となっている農地の抽出、そして流出防止対策の費用対効果の算出という一連の仕組みを構築することが重要で、生態学、土木工学、環境経済学などさまざまな学問分野を統合するアプローチが必要である。また、流出防止対策など保全策を実行する際には、現地との協働が不可欠である。
このように、サンゴ礁の保全には、サンゴ礁という場を様々なスケールで認識して理解し、時空や多分野を俯瞰し、時にはそれらを行き来し、つなげることが必要である。様々な保全の努力はなされているが、サンゴ礁の衰退は未だ止まっていない。グローバルに変動する環境の下、サンゴ礁保全は、新たな実践型あるいは多分野協働型の科学を築く基礎ともなる。様々な時空間スケールの事象を学際的に扱う地理学が果たすべき役割は大きい。