抄録
【はじめに】幻肢痛に対して鏡像を用いた視覚入力の有効性が報告されて以来、運動麻痺の回復を目的に脳卒中片麻痺患者に対しても鏡像での運動学習が試みられている。しかし、この方法論が学習機序のうえで有用なのか、学習動機を高めるだけのものなのかなど、その方略特性は十分吟味されていない。今回、鏡像学習が非学習側にどのような影響を及ぼすのかを健常者を対象に検討し、学習特性についての知見を得たので報告する。【対象と方法】学生42名を対象に、一側の鏡像による学習群(A群15名)、鏡像学習に転移側の運動を同期させた学習群(B群15名)、鏡像を用いない通常の運動転移群(C群12名)を構成した。鏡像学習とは学習側上肢の手元を見ずに、側方の鏡を介して入力される対側像(逆転像)として学習するものである。また、運動同期群とは、非学習側の運動を鏡像の動きと同期させるものである。運動課題には◎印の連続描写を採用した。これは時系列的な認識課題ではなく、純粋な運動学習課題により近いと考えられる。実験では両側の学習前達成数を測定した後、10分×3回の学習を行った。そして学習後に両側の変化を再度測定した。学習量の指標には、1分間あたりの課題達成数と変化率を用いた。【結果1】鏡像により学習しているかのようにみえる非学習側の、転移による学習効果を検証した。各群の転移側正像課題の学習前後の変化をt検定を用いて確認した結果、各群共に有意に向上していた。そして向上率を3群間で分散分析した結果、通常の運動転移(C群)に比較して、鏡像を用いた学習群(A群・B群)の転移効率は有意に低い結果となった。すなわち、鏡像を用いることで転移効率は低下していた。さらに転移側を同期させることによる影響(A群とB群の差異)は認められなかった。【結果2】学習側の運動は鏡像を通して行われており、正像課題にも何らかの影響が予測される。学習側の正像における学習前後の変化を検証した結果(t検定)、学習効果が確認された。向上率の3群間分散分析では、AC群間、BC群間に有意差を認めた。すなわち、鏡像で学習したA群およびB群では正像向上率が低い傾向にあった。【考察】鏡像を用いることによる効率的転移は認められなかったが、その要因には鏡像学習での課題達成量の不足、視覚的な正像学習の欠落がなどが考えられ、鏡像学習の特性として理解できる。片麻痺患者に対して鏡像運動を用いる際には、健側の鏡像を患側の運動のごとく観察しながら、かつ患側の運動を同期させる方法が用いられている。今回の課題はあくまで学習側の運動課題であり、片麻痺患者に対する麻痺側課題とは本質的に異なっているが、準備される学習環境は同一といえる。そのため、練習課題の内容や提示方法を検討するうえで、鏡像の影響を十分に認識しておく必要がある。