理学療法学Supplement
Vol.30 Suppl. No.2 (第38回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: HO060
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呼吸器疾患
腹部圧迫が胸郭拡張へ及ぼす影響
*岸川 典明飯田 博己河尻 博幸阿部 司大橋 朗
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抄録
【目的】ARDS,下側肺障害などの急性呼吸不全に対する呼吸理学療法の一手段として腹臥位などの体位呼吸療法を用いられる事が多くなっている.これは発症体位と反対の体位変換により換気血流比の改善と閉塞した肺胞への換気の再開通が機序としてあげられ,そのためには閉塞した肺胞を牽引する胸腔内陰圧が発生する必要があり胸郭の拡張がその動力となる.しかし外肋間筋等の呼吸筋麻痺を来す高位頚髄損傷患者では,胸郭拡張が期待されず横隔膜の収縮により下部肋骨の引き込み現象(Hoover徴候)が観られる.これは横隔膜の収縮を効果的に発揮する為の外肋間筋による胸郭拡張や腹壁筋群の共同収縮が得られないためである.今回,横隔膜呼吸を主体とする呼吸様式に対して腹臥位を治療体位とした時の腹部への圧迫(腹壁筋群の代用として)が胸郭の拡張に有用であるか否かを検討した.【方法】対象は健常成人男性7名である.測定肢位は前胸部にクッションをあてた腹臥位とし,_丸1_:2kgの砂袋にて腹部を圧迫,_丸2_:骨盤部分にもクッションに当て腹部をベッドの圧迫から開放,の2つの肢位で自己最大深呼吸を1試行3回ずつ行いその平均値の比較をした.測定にはデジタルビデオカメラを用い,最大胸郭拡張時のランドマークの変位を静止画面上で計測し安静時からの変化率を求めた.ビデオ撮影に際しては,肩峰後角からひいた上前腸骨棘と上後腸骨棘を結ぶ線への二等分線(基準線)を求め,胸骨剣状突起から基準線へ交わる垂線上を基準線から腹側へ5cmの点をA,基準線から背側へ5cmの点をBとし,2点間の距離を計測し安静時との変化率を求めた.【結果】_丸1_肢位での拡張変化率は平均5.63±4.65%,_丸2_の肢位では2.02±3.88%であり,有意な差を示した(p<0.01).【考察】腹壁筋群は一般的に呼気相の呼吸補助筋として捉えられており,吸気相への関与はあまり考えられていない.人工呼吸器による補助換気の際,筋弛緩剤投与下の急性呼吸不全患者や高位頚髄損傷患者は,腹部膨隆が観られるが,呼吸音聴取では下背側肺全体に気管支伝達音が聞かれる事が多い.これは肺胞の拡張が得られず空気の到達が無い事を意味している.このような症例に対し,腹部を前下方から圧迫すると下背側の胸郭拡張が得られ,ラ音へと変化し,空気の肺胞への到達が始まる.健常人の横隔膜は吸気時に胸腔の上下径を増加させる為に腱中心を引き下げるが,腹部臓器の抵抗により腱中心は固定され腱中心の周囲の筋繊維は下部肋骨を挙上させる.腹部臓器の固定には腹壁筋群の働きが必要でこれがないと腹部臓器は前下方に押しやられ肋骨を挙上させる腱中心の固定がなくなる.また体位の変換により重力荷重部から最も高い位置にある肺胞部分には自発呼吸により強い陰圧が形成される.今回の結果は,横隔膜の胸郭内からの作用で胸郭拡張は増大したものと考える.
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© 2003 by the Sience Technology Information Society of Japan
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