抄録
【緒言】近年の高齢化進展に伴って,これまで中・高齢者の健康維持・健康増進に関する研究報告が数多く行われている.特に体力に関するものは,様々な視点から報告されているが,そのほとんどが健常な中・高齢者を対象としており,在宅で生活をしている障害のある者については,あまり検討されていない.本研究の目的は,在宅で生活をしているパーキンソン病患者を対象に行動体力と日常生活活動能力(以下ADL能力)の関係を明らかにし,どの体力因子がADL能力に強く影響するのか明確にすることである.
【対象と方法】対象は、某病院の神経難病デイケア利用者のうち,主治医の許可と研究の趣旨を理解し賛同の得られたパーキンソン病患者27名(平均年齢71.2±7.3歳,52-86歳)であった.Hoehn & Yahrの分類では,1段階が3名,2段階が8名,3段階が10名,4段階が6名であった.行動体力を表す視標として膝伸展筋力,股伸展筋力,体幹伸展筋力,立位体前屈,30秒立ち座り回数,開眼立位重心動揺距離,クロステストを測定した.さらに実際的な体力視標として,歩行速度,歩行率,寝返り所要時間を測定した.測定は,薬効を考慮し服薬から1-2.5時間後に行った.また,測定前に医師によるメディカルチェックを行った.ADL能力の評価は,FIMの運動項目について行った.分析は,まずADL能力と密接に関連する行動体力因子を同定するため,ステップワイズ法で重回帰分析を行った.ついで,FIMの結果をもとに対象者を自立群と介助群に分類し,同定した体力因子についてカットオフ分析を用いて自立に必要な値を検討した.
【結果と考察】重回帰分析の結果,ADL能力に有意に関連を示した体力因子は,立位体前屈(標準偏回帰係数0.487,t値3.644,p<0.01)と寝返り所要時間(標準偏回帰係数-0.594,t値-4.446,p<0.001)であった.寝返り所要時間は,仰臥位から腹臥位を経て再び仰臥位に戻るまでの時間を測定しており,素早くこの動作を行うためには,十分な筋力と体幹の回旋可動域が必要である.立位体前屈と寝返り所要時間という今回の結果を考えると,在宅パーキンソン病患者のADLにとっては,体幹の全体的な柔軟性が重要となる可能性が高いと考える.これは,健常高齢者で下肢筋力が強く影響をおよぼすとする先行研究と対照的であり,疾患の特性を如実に示していると考える.立位体前屈と寝返り所要時間についてのカットオフ分析の結果,立位体前屈は,身長の2.6%(尤度比7.3),寝返り所要時間は,4.2秒(尤度比0.5)であった.これらはそれぞれ,ADLが自立するために必要な値を意味し,体前屈距離が身長の2.6%以上で,寝返り時間が4.2秒以内であると自立している可能性が高いことになる.これらの値は,パーキンソン病患者の在宅での生活を考えるとき,ひとつの目安になると考える.