抄録
【はじめに、目的】 臨床場面において、皮膚からの治療介入が有効である事をしばしば経験する。変形性股関節症の患者では、股関節伸展時に鼠径部の皺が浅くなり、殿部の皺が深くなるケースが多く、その皺を誘導することで関節可動域が改善することを経験する。しかし、皮膚の移動量の定量化について着目した報告はほとんどない。われわれは第46回全国理学療法士学術大会にて殿部周囲の皮膚の運動特性の検討を行った。今回、新たに鼠径部の皺の動きを詳細に検討した。本研究では歩行時、股関節前方、後方部の皮膚の移動量および誘導方向を明らかにし、運動療法への展開する基礎を得ることを目的とした。【方法】 対象は、骨・関節および神経疾患のない健常成人男性10名(年齢29.1±2.68歳,身長171.8±4.42cm,体重67.4±6.97Kg)であった。運動課題は歩行とした。男性の平均的なケイデンスである111歩/分で歩行した際の皮膚の運動特性について検討した。練習施行後、各被検者5回の測定を行った。計測機器はVICON-MX(カメラ8台,sampling rate 100Hz)を用いた。解析は立脚期のMid stance(以下,Mst)からTerminal stance(以下,Tst)までの相50施行について行った。Plugin-gaitモデルのマーカー16ヶ所に股関節周辺のマーカーを貼付した。恥骨結合と上前腸骨棘を結んだ距離を3等分し、恥骨結合に近い部分から「前方内側」位置、「前方外側」位置と定義した。股関節後方には坐骨結節から下した垂線と殿部の皺の交点を「後方内側」位置とし、坐骨結節から大転子を結んだ距離を3等分し、坐骨結節に近い部分から「後方中間」位置、「後方外側」位置と定義した。「後方内側」位置については、上下3cmの位置に上方マーカー、下方マーカーを貼付した。「後方中間」位置、「後方外側」位置については定義位置各々が皺と直交する上下3cmの位置に上方マーカー、下方マーカーを貼付したため、股関節前方マーカーとして両側下肢に計8ヶ所。後方マーカーとして両側下肢に計12ヶ所貼付した。各々の上下の方マーカーが、Plugin-gait下肢モデルにて算出した股関節中心となす角度を計測パラメーターとした。「前方内側」と「前方外側」の変化量、「後方内側」、「後方中間」、「後方外側」の変化量を検討した。統計学的分析には比較値によってT検定、一元配置分散分析及び多重比較(Bonferroni)を用い、全ての統計分析は統計ソフトSPSS 18J(SPSS Inc.)を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は文京学院大学倫理委員会承認を受けた。被検者に対して、本研究への参加は被検者の自由意思によるものであること、参加することにより予想される利益と起こるかもしれない不利益について十分な説明を行い、同意を得た。【結果】 股関節前方マーカーの角度変化に有意差を認め、「前方内側」が「前方外側」より大きかった(P<0.05)。同様に股関節後方マーカーでも有意差を認め。股関節後方マーカーの角度変化は「内側」が最も大きく、次いで「中間」、「外側」の順番であった(P<0.01)。歩行立脚期MstからTstでは股関節前方マーカーでは「前方内側」が「前方外側」よりも皮膚が上下方向に離れ、股関節後方マーカーでは「後方内側」が最も皮膚が上下方向に近づいた。【考察】 歩行立脚相である、MstからTstについて、鼠径部内側の皮膚が皺から大きく離れて、殿部内側の皮膚が皺に向かって大きく移動していた。股関節前方部、後方部ともに内側マーカーの角度変化が優位であった要因として、股関節の関節中心からの距離が大きいこと、歩行立脚相のMst~Tstにかけての股関節回旋運動の影響をより大きく受けるためであると考えられる。臨床的には皺の形成は運動自体に制限を与える可能性が高いと考えられるため、皮膚の誘導によって股関節伸展を促す場合、回旋要素を考慮し、鼠径部内側の皮膚皺をより易く、殿部内側の皮膚皺がよりにくくなるような介入が望ましいと考えられた。【理学療法学研究としての意義】 本研究において、歩行時の立脚相であるMstからTstについて、鼠径部と殿部周囲の皮膚の移動特性についての一部が明確になった。関節中心から最も離れている皮膚の移動方向を移動量とともに明確化することは、理学療法介入の一要素を示す結果であったと考えられる。今後は股関節の回旋要素による影響を明確化していきたいと考える。