抄録
【目的】 松葉杖を用いた片側下肢免荷の段差昇降動作における健側下肢の遊脚期は、松葉杖のみで身体を支持しているため最も不安定な期間である。遊脚期に重心の動揺が増大することは、転倒、転落のリスクを高めるものと考える。この研究の目的は、両側松葉杖を用いた片側下肢免荷の段差昇降動作における遊脚期の体幹の動揺を分析することである。また、得られた知見に基づき患者に対して重心の動揺が少なく、安定した段差昇降動作指導の一助とすることである。【方法】 対象は、健常成人20名である。この20名は、験者の主観的評価によって免荷歩行の熟達者10名A群(男性5名、女性5名、平均年齢27.8±5.0歳、非免荷肢は右5名、左5名)と免荷歩行の未熟者10名B群(男性3名、女性7名、平均年齢31.5±10.5歳、非免荷肢は右7名、左3名)に分類した。方法は、抽選によって非免荷肢を決定し、非免荷側の肩峰と大転子にランドマークを貼付した。次に片側免荷による20cmの段差昇降を2回ずつ行った。この時、非免荷肢側からデジタルカメラにより動画を撮影した。撮影した動画は、PCに取り込み二次元動作解析ソフト(モーション・アドバイザー、アシックス社製)を用いて分析した。データの分析は、1)遊脚期の所要時間の算出:昇段及び降段動作における足尖離地から踵接地までの経過時間を計測し、2回の動作の平均値を遊脚期の所要時間として求めた。2)体幹角度の変化量の算出:昇段及び降段動作における足尖離地時の体幹傾斜角度から踵接地時の傾斜角度を減じた値の絶対値を算出し、2回の動作の平均値を体幹角度の変化量として求めた。なお、本研究では便宜的に肩峰と大転子を結ぶ線を体幹と定義した。3)体幹の角速度の算出:体幹角度の変化量を遊脚期の所要時間で除した値を算出し、2回の動作の平均値を体幹の角速度として求めた。4)統計学的解析:昇段時の所要時間、降段時の所要時間、昇段時の体幹の角度変化量、降段時の体幹の角度変化量、昇段時の体幹の角速度、降段時の体幹の角速度について、それぞれA群とB群の間における平均値の差を対応のないt-検定によって分析した。【説明と同意】 本研究は、当大学倫理委員会の審査を受けて承認を得た。また、参加者に対しては、同意説明書を提示して十分な説明を行ったうえで書面にて同意を得た。【結果】 昇段動作における所要時間は、A群0.7±0.3秒、B群0.7±0.1秒であり有意差が認められなかった。降段動作時の所要時間は、A群0.7±0.2秒、B群0.7±0.2秒であり有意差が認められなかった。昇段動作における体幹角度の変化量は、A群4.1±2.4°、B群14.0±4.2°であり有意差が認められた(p<0.01)。降段動作時の体幹角度の変化量は、A群3.1±1.8°、B群19.3±8.1°であり有意差が認められた(p<0.01)。昇段動作における体幹の角速度は、A群5.6±3.3°/秒、B群19.7±6.6°/秒であり有意差が認められた(p<0.01)。降段動作時の体幹の角速度は、A群5.4±2.8°/秒、B群29.7±8.3°/秒であり有意差が認められた(p<0.01)。【考察】 今回の結果では、段差昇降動作における遊脚期の所要時間に両群間で差がみられなかった。しかし、体幹の角度変化量と角速度については、B群においてA群よりも大きな値を示した。B群のように免荷歩行の未熟な者は、遊脚期という限られた時間内に大きな体幹の動揺を生じており、角速度を増大させる。その結果、段差昇降動作の安定性を低下させ、転倒、転落のリスクを高めるものと考える。B群における角度変化量と角速度の結果を具体的な運動に換言すると、昇段動作では離地から接地へ進行するにつれて体幹は前屈方向へ移行していた。降段動作では体幹が後屈方向へと運動していた。松葉杖を用いた片側下肢免荷における段差昇降の具体的な指導においては、次のことに留意すべきであると考える。昇段動作では、まず、体幹を移動させずに非免荷肢のみを上段へ移動させ、非免荷肢が接地してから体幹を前上方へ移動させる。降段動作では、非免荷肢が上段に接地して安定している期間に、非免荷肢を十分に屈曲させて体幹を前下方へ移動させる。その後、非免荷肢のみを下段に移動させる。上述の通り、不安定な遊脚期には体幹の動揺を最小限に抑えるよう指導することが肝要である。【理学療法学研究としての意義】 本研究の実施に際して前提としたことは、臨床で直面する日常的な課題をできる限り簡便な方法を用いて検証し、直ちに活用できるようにすることであった。