抄録
【はじめに、目的】 脳卒中片麻痺者に生じる麻痺側肩関節の疼痛は多くの症例で認められ,日常生活の場面ではとくに上衣の更衣動作時に出現することが多い.われわれは,先行研究で更衣動作が自立している脳卒中片麻痺者において上衣の更衣動作時の麻痺側肩関節の疼痛(以下,更衣時肩関節痛)の出現に可動域制限が関連することを報告した.しかしながら横断的な調査であったため,更衣時肩関節痛を引き起こす原因が可動域制限であるのか,その逆に更衣時肩関節痛によって可動域制限が生じているのか,その因果関係は明確となっていない.そこで今回,脳卒中片麻痺者において上衣の更衣動作の自立時から4週間にわたって疼痛に関する縦断的な調査を行い,自立した後の更衣時肩関節痛の出現に影響を及ぼす要因について検討した.【方法】 対象は回復期リハビリテーション病棟入院中の脳卒中片麻痺者のうち問診可能で上衣更衣動作が自立した35名とした.麻痺側は右22名,左13名,性別は男性20名,女性15名であった.対象の平均年齢は62±12歳,発症から上衣更衣自立までの平均期間(発症後期間)は58±29日であった.上衣の更衣動作が疼痛なく可能となり,病棟にて自己で行うことを許可した日(以下,自立日)に以下の項目,1)肩関節屈曲可動域:背臥位における麻痺側の他動可動域,2)肩関節外旋可動域:背臥位における麻痺側の他動可動域,3)運動麻痺:麻痺側上肢を重度(BrunnstromRecoveryStage1,2),中等度(3,4),軽度(5,6)の3つに分類,4)肩関節亜脱臼:麻痺側上肢下垂位にて一横指以上,5) 表在覚障害:正常,鈍麻,脱失,6) 深部覚障害:正常,鈍麻,脱失,7) 注意障害:臨床での観察と諸検査から担当セラピストの判断, 8) 半側空間無視:臨床での観察と諸検査から担当セラピストの判断,9) 認知症:HDS-R20点未満,又はMMSE23点未満,を調査した.その後,自立日から1週後,2週後,3週後,4週後に,更衣時肩関節痛の有無を聴取した.なお,更衣時肩関節痛は聴取までの過去1週間における有無とした.4週間の縦断調査において一度でも疼痛を認めた者(以下,あり群)と一度も疼痛を認めなかった者(以下,なし群)に対象を分類し,自立日の各調査項目との関連を分析した.統計解析は更衣時肩関節痛と各調査項目との関連を検討するため,χ2検定,Fisherの正確確率検定,Mann-Whitney検定を行いった.さらに,これらの検定の結果で危険率が0.25未満の項目を独立変数とし,多重ロジスティック回帰分析を行った.【倫理的配慮、説明と同意】 対象には口頭にて研究計画を説明し,同意を得た.【結果】 4週間の継続調査において更衣時肩関節痛が出現した者は,35名中13名(37%)であった.更衣時肩関節痛と各調査項目とのあいだで関連を認めたのは肩関節外旋(p=0.010),運動麻痺(p=0.031)であり,肩関節屈曲(p=0.165),肩関節亜脱臼(p=0.172),表在覚(p=0.095),深部覚(p=0.477),注意障害(p=0.433), 半側空間無視(p=1),認知症(p=0.279)では関連を認めなかった.さらに多重ロジスティック回帰分析の結果,更衣時肩関節痛の出現に影響する要因として挙げられたのは肩関節外旋(p=0.023)であった.【考察】 回復期リハビリテーション病棟入院中の脳卒中片麻痺者において,肩関節の外旋可動域制限を認める症例では,上衣の更衣動作が自立した後に更衣時肩関節痛が出現しやすかった.脳卒中片麻痺者に対する上衣の更衣動作の指導は,本人の肩関節の可動域にあわせて行われるが,日常生活では指導と異なる方法で行われることもみうけられる.肩関節の可動域制限が存在すると,こうした際に自身の有する可動範囲以上の過度な運動となり,麻痺側肩関節へ力学的に過剰な負荷を生じやすくなることで,更衣時肩関節痛が出現すると考える.このため,とくに肩関節の可動域制限を認める症例では上衣の更衣動作が自立した後もその動作方法を注意して観察することが必要である.今後は上衣更衣動作が自立した後の動作の変化も調査し,更衣時肩関節痛の出現への影響を検討していく.【理学療法学研究としての意義】 脳卒中片麻痺者に合併する更衣時肩関節痛の出現の要因として,肩関節の外旋可動域制限があることが,4週間にわたる縦断調査によって明確になったことが意義深い.